Re: 蜥蜴の臍さん!お疲れ様です。
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2007/05/28 22:55 投稿番号: [42819 / 85019]
>それは有りました。朝鮮だけではなく、蒋介石、愛染桂?溥儀?
?名前を忘れました。確かこのような名前だったと、最後の皇帝
ですよ。朴正燕(パクチョンイ)もそうだったと思います。
日本臣民を強く導く為の日本の策略ですよ。日本の皇室関係者と
婚姻を結ばせて、極東地域を牛耳る政策だったんでしょうね。
日本の戦国時代からの慣わしですよ。日本だけでは無いですがね
、力関係を築き上げるのは、ヤクザも軍国主義国、政治の世界も
一緒だと感じています。
やはり時代背景や価値観の変化を無視した、いわば言いがかりですね。
当時の植民地支配とは、すなわち住民を奴隷使役し、宗主国の利益のためだけに産物を作らせ宗主国の国民としての権利をいっさい与えないやり方が普通だったのです。アフリカが未だに疲弊しているのは、ヨーロッパ列強が民族に無関係に幾何学的な国境線を引いてアフリカを分割し、農業資源、地下資源、労働資源のすべてを吸い上げた結果です。
当時の価値観では、強国は弱小国をどのように扱っても誰にも非難される筋合いはなかったのです。
一方、日本は様々なインフラ整備、人的投資、教育の普及などを朝鮮に行いました。それがあなたの言う”日本臣民を強く導く為の日本の策略ですよ。日本の皇室関係者と婚姻を結ばせて、極東地域を牛耳る政策”ですよ。
当時、弱小国に選択の余地もなければ意志を通す手段など無かったのです。だから、欧米のやり方で、朝鮮人にいっさい日本人と同等の権利を認めず、教育を施さず、インフラ整備をせず、刃向かったら徹底的に武力で弾圧する方法をとるべきでしたか。
日本の朝鮮に対する政策は、当時としては想像もつかないほどの音調だったのであり、それが不満なら、欧米のやり方に日本が倣うべきだったというのですか。
再度言いますが、当時の世界情勢、価値観では、弱小国の意志など存在しなかった、己の権利を自力で守ることの出来ない国家には、いかなる権利もなかったのだと言うことを理解すべきです。
当時のアジアは、そのように欧米に植民地化されていたし、日本もその可能性があったのです。しかし、日本は自力で自分の権利を守り、認めさせ留ことが出来、当時の世界の情勢として、朝鮮を併合することに何ら異議は出なかったのです。朝鮮自体がそれを望んでいたのです。今更、李完用を売国奴呼ばわりしても、単なる言いがかりですよ。
歴史を語るとき、いろいろな人が繰り返し言っているように、現在の価値観で昔を判断するなど愚の骨頂です。当時の日本の朝鮮政策は、信じられないほど穏和で、慈悲深いものでした。むしろ日本が多大な犠牲を払ったです。いかにそれが日本の国益のためとはいえ、そのために朝鮮を踏み台にするのではなく、朝鮮を自らに組み込むことがどういうことなのか、少しは理解したらどうですか。
また人材の登用として、当時の日本軍の中に朝鮮人を受け入れ、教育を施し、高級将校に任じ、そして彼らは事実日本人として戦った事実があります。
一方、フランスの外人部隊、あるいは英軍のグルカ兵などは使い捨ての、激戦地にただ命令通りに殺戮をするためだけに使用しただけです。そのやり方を、日本も摂るべきだったんでしょうかね。
歴史を学んだあなたが、その感覚を理解できなければ、確かにあなたは”まだまだヒヨコの分際”ですよ。
?名前を忘れました。確かこのような名前だったと、最後の皇帝
ですよ。朴正燕(パクチョンイ)もそうだったと思います。
日本臣民を強く導く為の日本の策略ですよ。日本の皇室関係者と
婚姻を結ばせて、極東地域を牛耳る政策だったんでしょうね。
日本の戦国時代からの慣わしですよ。日本だけでは無いですがね
、力関係を築き上げるのは、ヤクザも軍国主義国、政治の世界も
一緒だと感じています。
やはり時代背景や価値観の変化を無視した、いわば言いがかりですね。
当時の植民地支配とは、すなわち住民を奴隷使役し、宗主国の利益のためだけに産物を作らせ宗主国の国民としての権利をいっさい与えないやり方が普通だったのです。アフリカが未だに疲弊しているのは、ヨーロッパ列強が民族に無関係に幾何学的な国境線を引いてアフリカを分割し、農業資源、地下資源、労働資源のすべてを吸い上げた結果です。
当時の価値観では、強国は弱小国をどのように扱っても誰にも非難される筋合いはなかったのです。
一方、日本は様々なインフラ整備、人的投資、教育の普及などを朝鮮に行いました。それがあなたの言う”日本臣民を強く導く為の日本の策略ですよ。日本の皇室関係者と婚姻を結ばせて、極東地域を牛耳る政策”ですよ。
当時、弱小国に選択の余地もなければ意志を通す手段など無かったのです。だから、欧米のやり方で、朝鮮人にいっさい日本人と同等の権利を認めず、教育を施さず、インフラ整備をせず、刃向かったら徹底的に武力で弾圧する方法をとるべきでしたか。
日本の朝鮮に対する政策は、当時としては想像もつかないほどの音調だったのであり、それが不満なら、欧米のやり方に日本が倣うべきだったというのですか。
再度言いますが、当時の世界情勢、価値観では、弱小国の意志など存在しなかった、己の権利を自力で守ることの出来ない国家には、いかなる権利もなかったのだと言うことを理解すべきです。
当時のアジアは、そのように欧米に植民地化されていたし、日本もその可能性があったのです。しかし、日本は自力で自分の権利を守り、認めさせ留ことが出来、当時の世界の情勢として、朝鮮を併合することに何ら異議は出なかったのです。朝鮮自体がそれを望んでいたのです。今更、李完用を売国奴呼ばわりしても、単なる言いがかりですよ。
歴史を語るとき、いろいろな人が繰り返し言っているように、現在の価値観で昔を判断するなど愚の骨頂です。当時の日本の朝鮮政策は、信じられないほど穏和で、慈悲深いものでした。むしろ日本が多大な犠牲を払ったです。いかにそれが日本の国益のためとはいえ、そのために朝鮮を踏み台にするのではなく、朝鮮を自らに組み込むことがどういうことなのか、少しは理解したらどうですか。
また人材の登用として、当時の日本軍の中に朝鮮人を受け入れ、教育を施し、高級将校に任じ、そして彼らは事実日本人として戦った事実があります。
一方、フランスの外人部隊、あるいは英軍のグルカ兵などは使い捨ての、激戦地にただ命令通りに殺戮をするためだけに使用しただけです。そのやり方を、日本も摂るべきだったんでしょうかね。
歴史を学んだあなたが、その感覚を理解できなければ、確かにあなたは”まだまだヒヨコの分際”ですよ。
これは メッセージ 42777 (momotarousyougunsama さん)への返信です.
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