事実と真実 感情と理論
投稿者: MagicDragon 投稿日時: 2007/05/28 05:08 投稿番号: [42765 / 85019]
歴史とはあらゆる事実を検証して真実を追究する学問。事実のみを見て短絡的に結論付けたり決め付けたりするのは、思考が停止している人間のやること。
例えばAがBを射殺したという事実があるとする。事実だけを見る人間(良い例がelgfaret)は「Aは殺人犯で悪人だ」と決め付ける。真実を追究する人間は「どうして射殺したのか」という「真実」を追究する。検証した結果、BはAの子供のクビにナイフを突きつけ金を要求していたという事実が浮かび上がる。このふたつの「事実」を検証した人間が、果たしてAを「殺人犯で悪人」だと短絡的に決め付けることができるだろうか?Aを殺人犯としたい人間は都合の良い「事実」だけを見て「真実」を無視するであろう。「真実」を知りたいという人間はあらゆる「事実」を客観的・科学的に検証するであろう。
韓国人の多く、特に「反日教信者」と議論する時、彼らの手口を良く知る必要がある。彼らは理論よりも感情に支配される傾向が強く、感情に基づいた結論に対して都合の良い「事実」のみつまみ食いして正当化しようとする。歴史研究において感情に干渉されたり、政治的主張をする馬鹿げた「学者」に支配されているのが韓国の学会だ。彼らの「気に入らない」真実に対しては「何を言うか、日本人は反省が足りない」、という風に。
だから韓国の学会は国際的な権威が無い。だが日本に求めるのは、彼らのでっち上げに対してきちんと反論するべきだということ。日本には「沈黙は金なり」という考えがあるが、これは国際社会では通用しない。竹島、日本海呼称問題、歴史認識の問題、これらは全てきちんと理論付けて反論すれば彼らを論破することなど容易いことだ。声ばかりでかい人間の意見が通るのが国際社会。日本人、および日本政府には毅然とした態度を望む。
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