Re: 「ネオナチの分際で」 xmaochanxへ
投稿者: xmaochanx 投稿日時: 2007/05/18 15:36 投稿番号: [41962 / 85019]
>誤解があるならばあしからず
了解しました。
では
>そうですね、偏見ではないですね
この言葉に掛かる文の意味は
>>>例えば、私が偏見がありませんと言いながら
上記の日本と韓国の国名の部分を逆にして書いたときに〜
つまり
>「明らかに日本の餅の洗練された」
>「韓国とは比べること自体が間違いです」
>「(韓国のものは)砂糖の甘いだけが取り柄の代物です」
>「2割の韓国の餅もおいしいものあるでしょう」
>「日本の餅はそのおいしい比率が8割なのです」
と書き換えても、偏見ではなく客観的な事実と認めるわけですか?
しかしながら、その後に
>世界人は事実を書いたまで
>日本餅ー和菓子の単純な味、砂糖だけの甘み
>味気ないです
とありますが、「偏見ないですね」は
あなたの言葉に掛かる文になるのでしょうか?
そうであれば、私の問いに対する答えにはならないように思えますが?
客観的であると、常にあなたは言っていますが
あなたにとって「客観的」であるところの定義とは何ですか?
日韓の餅、菓子において、
私はあなたの言う「2割、8割の法則」に当てはまるような情報を
見つける事ができませんでしたので
個人的に、或いは製菓業などの、紹介HPではなく
あなたが客観的だと思われる情報、資料などを提示してください。
>世界人の書き込みは客観的な多面的な観点からです
とありますので、あなたが判断した元となるものがあるのでしょうから。
これは メッセージ 41948 (elgfaret さん)への返信です.
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