南鮮、北鮮 は差別用語ではない。
投稿者: attoko12345 投稿日時: 2007/05/14 18:23 投稿番号: [41695 / 85019]
>まず最初に、真面目に意見交換したいんであれば、『北鮮』などと言う
しょーもない表現はやめて下さい。
南鮮、北鮮 は差別用語ではない。
http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuuyondai
「北鮮」「南鮮」は差別語か
朝鮮の略称として「鮮」は差別語であるということは、朝鮮問題に関わる人の常識である。しかし何故それが差別語なのか、十分に納得できる説明をしてくれる人はいなかったし、本もなかった。何はともあれ差別語であるから使うな、の一点張りだったと思う。
冷静に考えてみるに、それは「鮮」が差別語であるということの証明にこれまで成功していないということではないか。
まずかつての植民地時代に朝鮮人自身が担った社会運動で、例えば「衡平社第六回全鮮定期大会」というポスター(下記の註)があるように、「鮮」は朝鮮の略称としてごく普通に使用されており、「鮮」を使うことにためらいは感じられない。
『戦後の50年』(毎日新聞社)をみると、1959年に「『北鮮に帰すな!』在日韓国人大会」というキャプションの写真が載せられている。そこには「北鮮送還絶対反対」という横断幕をもってデモをする韓国人たちが写っている。
また現在の在日朝鮮人自身(多くは一世であるが)の口からこの言葉が出てくる。私は「済州道というのは北鮮系が多いからなあ」とか「この前、北鮮にいる弟のとこ行ってきましたんや。北鮮というとこ、太っているのは金日成だけや」とか言う在日一世たちの言葉を聞いた。
あるいはまた「なぜ『北鮮』『南鮮』が差別語なのか。うちの親はしょっちゅう使っている。『朝鮮』こそが差別語だ」と言う二世がいた。
朝鮮」の頭の「朝」という字を取り去って「鮮」と略称することが頭のないことを意味するもので、朝鮮への蔑視であるという説がある。しかし、古来二文字の国名の下の漢字でもって略称とする例は多い。
例えば「百済」→「済」、「新羅」→「羅」であり、日本でも旧国名では「美濃」→「濃」、「吉備」→「備」などや、今の地名では「大阪」を「阪」と略称することが少なくない。
最近では、朝鮮史研究で著名な姜在彦氏はその著書『朝鮮儒教の二千年』(朝日選書2001年1月)のなかで、1392年に高麗が滅び朝鮮が建国された前後の時期を「麗末鮮初」と繰り返し書いておられる。朝鮮の略称としての「鮮」は決して奇異なものではない。
朝鮮の略称としての「鮮」が差別語であると主張する前に、そうであることの証明、および朝鮮人自身が「鮮」を使うことの理由と説明をはっきりさせるべきであろう
しょーもない表現はやめて下さい。
南鮮、北鮮 は差別用語ではない。
http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuuyondai
「北鮮」「南鮮」は差別語か
朝鮮の略称として「鮮」は差別語であるということは、朝鮮問題に関わる人の常識である。しかし何故それが差別語なのか、十分に納得できる説明をしてくれる人はいなかったし、本もなかった。何はともあれ差別語であるから使うな、の一点張りだったと思う。
冷静に考えてみるに、それは「鮮」が差別語であるということの証明にこれまで成功していないということではないか。
まずかつての植民地時代に朝鮮人自身が担った社会運動で、例えば「衡平社第六回全鮮定期大会」というポスター(下記の註)があるように、「鮮」は朝鮮の略称としてごく普通に使用されており、「鮮」を使うことにためらいは感じられない。
『戦後の50年』(毎日新聞社)をみると、1959年に「『北鮮に帰すな!』在日韓国人大会」というキャプションの写真が載せられている。そこには「北鮮送還絶対反対」という横断幕をもってデモをする韓国人たちが写っている。
また現在の在日朝鮮人自身(多くは一世であるが)の口からこの言葉が出てくる。私は「済州道というのは北鮮系が多いからなあ」とか「この前、北鮮にいる弟のとこ行ってきましたんや。北鮮というとこ、太っているのは金日成だけや」とか言う在日一世たちの言葉を聞いた。
あるいはまた「なぜ『北鮮』『南鮮』が差別語なのか。うちの親はしょっちゅう使っている。『朝鮮』こそが差別語だ」と言う二世がいた。
朝鮮」の頭の「朝」という字を取り去って「鮮」と略称することが頭のないことを意味するもので、朝鮮への蔑視であるという説がある。しかし、古来二文字の国名の下の漢字でもって略称とする例は多い。
例えば「百済」→「済」、「新羅」→「羅」であり、日本でも旧国名では「美濃」→「濃」、「吉備」→「備」などや、今の地名では「大阪」を「阪」と略称することが少なくない。
最近では、朝鮮史研究で著名な姜在彦氏はその著書『朝鮮儒教の二千年』(朝日選書2001年1月)のなかで、1392年に高麗が滅び朝鮮が建国された前後の時期を「麗末鮮初」と繰り返し書いておられる。朝鮮の略称としての「鮮」は決して奇異なものではない。
朝鮮の略称としての「鮮」が差別語であると主張する前に、そうであることの証明、および朝鮮人自身が「鮮」を使うことの理由と説明をはっきりさせるべきであろう
これは メッセージ 41692 (itukakouhei777 さん)への返信です.
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