横の横。クレヨンさんへ。
投稿者: chopper8111362 投稿日時: 2004/11/11 14:50 投稿番号: [4131 / 85019]
クレヨンさん、お久しぶりです。
最近忙しくて、掲示板チェックを怠っていたら、トピの流れは、激しいコピペ対罵倒合戦に発展していますね。読むだけで数日かかってしまいました。
さて、未だにナゴヤンさんの共生論が物議を醸していますが、多くのROM者が混同しているのは、「共生」の定義における齟齬と、韓国、北朝鮮、在日朝鮮人の混同にあるのではないでしょうか?自分も「共生」の意味を正確に理解しているとは言えないのですが、ナゴヤンさんの共生論への数少ない(?)同意派として、ちょびっと意見を書き込ませてください。
まず自分は、ナゴヤンさんが用いる「共生」と言う単語を、「共生」と「共存」に分けて考える事にしました。以下は大辞林からの抜粋です。
共生:
(1) 一緒に生活すること。
「融然として相容れ、怡然(いぜん) として?す/自然と人生(蘆花)」
(2) 〔生物〕 異種の生物の共存様式。普通、二種の生物が互いに利益を交換して生活する相利共生をさす。アリとアリマキ、ヤドカリとイソギンチャク、根粒バクテリアとマメ科植物など。
(3) 〔心〕 子と母親の相互依存の状況。
共存:
二つ以上のものが一緒に生存したり存在したりすること。
「異なる人種が?する」
こうして見たら、「共生」という言葉は、対象個体それぞれの生活基盤の高度交錯と相互互恵の状態を言うのだと思います。また、「共生」は生物学及び心理学分野で用いられる言葉のようです。自分は、ナゴヤンさんの「共生論」に触れたとき、上記の「共生」の意味よりも少しドライな「共存」関係を想定して、共感を覚えたのです。恐らく、ナゴヤンさんも自分と同程度の合理性をもって、「共生」という言葉を用いたのでしょう。ただ、「共生」という単語は、左傾化市民団体が議論の論旨をずらしていくためのレトリックとして用いる傾向にあります。この点に注意しないと、勘の良い保守系読者は文中から「左翼」の匂いを感じ取り、態度を硬化してしまいます。これでは、本来共闘すべき憂国の同志から距離を置かれる結果になりませんね(笑)。
さて「共存」という単語は政治経済分野で多く用いられているようです。最近読んだ、K大学助教授の本でも、日韓併合時の日本人と朝鮮系日本人の関係を「共存」と表現していました。自分は、韓国に関しては共存関係にあると思います。韓国はその地政学的重要性から、大陸に対する独立を維持してもらわなくては、日本の安全保障に関わる可能性があります。(中共は改革開放路線をひた走っていますが、帝国的覇権主義を完全に捨てたとは、未だに思えません。)韓国が自存自立出来る程度に政治的経済的協力を行うのが得策だと思います。これは、極東アジアにおける明治時代からの不変の法則でもあるのではないでしょうか。
また日本人から見た在日朝鮮人との関係も「共存」といいたいところです。しかし、日本人から見れば、在日は接触する人間のうちのごく一部の人びとですが、在日朝鮮人から見た日本人は接触する人間の全てになります。そう考えれば、在日朝鮮人は「共生」関係を望むのでしょうね。
これらが「共生」という言葉に、何となく違和感を覚え、左翼や総連民団系団体の陰を連想させる理由だと思います。
ナゴヤンさんはきっと自分よりも遙か高尚なお考えの基に「共生」という単語を用いられているのだろうと思いますが、自分は言葉の意味を単純解釈して在日朝鮮人問題や、国際問題を述べる際には、「共存」という言葉を使う様にしています。ただし、現状の北朝鮮との共存は不可能、中国との共存は相当慎重に望まなければ国を亡する結果に成りかねませんね。
自分の考えもまだ整理が出来ていないのですが、是非クレヨンさんや皆さんのご意見も教えて頂きたいと思います。
最近忙しくて、掲示板チェックを怠っていたら、トピの流れは、激しいコピペ対罵倒合戦に発展していますね。読むだけで数日かかってしまいました。
さて、未だにナゴヤンさんの共生論が物議を醸していますが、多くのROM者が混同しているのは、「共生」の定義における齟齬と、韓国、北朝鮮、在日朝鮮人の混同にあるのではないでしょうか?自分も「共生」の意味を正確に理解しているとは言えないのですが、ナゴヤンさんの共生論への数少ない(?)同意派として、ちょびっと意見を書き込ませてください。
まず自分は、ナゴヤンさんが用いる「共生」と言う単語を、「共生」と「共存」に分けて考える事にしました。以下は大辞林からの抜粋です。
共生:
(1) 一緒に生活すること。
「融然として相容れ、怡然(いぜん) として?す/自然と人生(蘆花)」
(2) 〔生物〕 異種の生物の共存様式。普通、二種の生物が互いに利益を交換して生活する相利共生をさす。アリとアリマキ、ヤドカリとイソギンチャク、根粒バクテリアとマメ科植物など。
(3) 〔心〕 子と母親の相互依存の状況。
共存:
二つ以上のものが一緒に生存したり存在したりすること。
「異なる人種が?する」
こうして見たら、「共生」という言葉は、対象個体それぞれの生活基盤の高度交錯と相互互恵の状態を言うのだと思います。また、「共生」は生物学及び心理学分野で用いられる言葉のようです。自分は、ナゴヤンさんの「共生論」に触れたとき、上記の「共生」の意味よりも少しドライな「共存」関係を想定して、共感を覚えたのです。恐らく、ナゴヤンさんも自分と同程度の合理性をもって、「共生」という言葉を用いたのでしょう。ただ、「共生」という単語は、左傾化市民団体が議論の論旨をずらしていくためのレトリックとして用いる傾向にあります。この点に注意しないと、勘の良い保守系読者は文中から「左翼」の匂いを感じ取り、態度を硬化してしまいます。これでは、本来共闘すべき憂国の同志から距離を置かれる結果になりませんね(笑)。
さて「共存」という単語は政治経済分野で多く用いられているようです。最近読んだ、K大学助教授の本でも、日韓併合時の日本人と朝鮮系日本人の関係を「共存」と表現していました。自分は、韓国に関しては共存関係にあると思います。韓国はその地政学的重要性から、大陸に対する独立を維持してもらわなくては、日本の安全保障に関わる可能性があります。(中共は改革開放路線をひた走っていますが、帝国的覇権主義を完全に捨てたとは、未だに思えません。)韓国が自存自立出来る程度に政治的経済的協力を行うのが得策だと思います。これは、極東アジアにおける明治時代からの不変の法則でもあるのではないでしょうか。
また日本人から見た在日朝鮮人との関係も「共存」といいたいところです。しかし、日本人から見れば、在日は接触する人間のうちのごく一部の人びとですが、在日朝鮮人から見た日本人は接触する人間の全てになります。そう考えれば、在日朝鮮人は「共生」関係を望むのでしょうね。
これらが「共生」という言葉に、何となく違和感を覚え、左翼や総連民団系団体の陰を連想させる理由だと思います。
ナゴヤンさんはきっと自分よりも遙か高尚なお考えの基に「共生」という単語を用いられているのだろうと思いますが、自分は言葉の意味を単純解釈して在日朝鮮人問題や、国際問題を述べる際には、「共存」という言葉を使う様にしています。ただし、現状の北朝鮮との共存は不可能、中国との共存は相当慎重に望まなければ国を亡する結果に成りかねませんね。
自分の考えもまだ整理が出来ていないのですが、是非クレヨンさんや皆さんのご意見も教えて頂きたいと思います。
これは メッセージ 4126 (kureyonjin さん)への返信です.
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