Re: 日本の国づくりを根底で支えた渡来人
投稿者: gp01_zephy 投稿日時: 2007/05/06 23:31 投稿番号: [41141 / 85019]
転載だけど、以下の質問に答えていただきましょうか。
http://www5c.biglobe.ne.jp/~cibakon/33007812/
韓国の歴史学会では「奈良時代の日本の人口の96パーセントが渡来人だった」といわれているそうです。
弥生人=渡来人説からするとそれほど驚くべきことではないかもしれませんが、韓国人の呉善花著「攘夷の韓国
開国の日本」では否定してました。私と同じ縄文人も弥生人も同じ日本人という説を採っているからです。その理由の一つとして、稲作は韓半島からといわれていますが、韓半島からは弥生時代に相当する時代の水田跡は発見されていないといいます。よって韓半島や中国大陸からきた渡来人による日本による稲作は疑問があるということですね。
「日本文化は朝鮮人が作った」というのも疑問符がつきます。
飛鳥寺の建立以降、わずか30年足らず後の624年には全国で46寺、僧尼1385人を数えるに至り、710年の平城京遷都までには、さらに480余寺を加える寺院が建立されました。それに比べ百済では仏教が伝わった384年のこととされていますが、百済時代の本格的な寺院址は50になりますが、いずれも6世紀半以降のものですから、韓半島から大量の技術者がきて日本で作ったというのは、おかしいことになります。つまり当時は韓半島でも仏教文化の興隆期なのになぜ日本にそれだけの技術者が来ることができるのかということです。
たとえば飛鳥仏を作った鞍作鳥は渡来人ですが3世です。現在の在日3世も自ら
韓国人と言っていても考え方は日本人と同じだといいます。そして作りは韓国風ではなく日本風です。中国・韓国では左右対称ですが、飛鳥仏は左右非対称なのです。
飛鳥仏は正面の顔、右横顔、左横顔それぞれが異なった表情を示していると言われていますが、そのわけは左目の目尻が右目よりつり上がっているというのです。この左右非対称というのは日本的だといいます。
これは メッセージ 41139 (elgfaret さん)への返信です.
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