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韓国企業の成長原点

投稿者: ashigara155 投稿日時: 2004/11/09 21:11 投稿番号: [4068 / 85019]
三洋電機   井植   敏取締役会長の講演から

「実は1969年に三洋電機は韓国のサムスンと合弁会社を設立致しました。現在のサムスン電子という会社は「三星三洋」という名前でスタートし、七年間合弁会社を続けてまいりましたが、七年目に別れることにしました。これはサムスンさんとの間に問題を起こしたという事ではなく、韓国政府の方針が大きく変化して、別れざるを得なくなったからです。最初は50対50の合弁会社としてスタートしたのですが、途中で韓国政府から、「日本の企業は50対50では駄目だ。25対75でなくてはならない。」と指示が出て、25%をサムスンに買ってもらうことになりました。それで資本構成が変わっていきました。その次に言われた大きな問題は、日本の名前を使うことは許可できない、「三星三洋」の「三洋」を外しなさいということでした。これを言われると何の為に我々は韓国に進出したのかわからない。サムスンの創業者と、三洋電機の創業者が、韓国に「日本と同じような豊かな生活を提供していけるような会社を創りましょう」ということでスタートした会社ですから、「三洋はいらない」ということを政府から言われたのでは、別れるほかありません」

こうやって、技術も資本も奪ってスタートしたわけですね。
朝鮮同様に「三洋電機の創業者は、1947年に兵庫県加西市で自転車の発電ランプで事業を起しました。1964年には「これからはコードレスの時代がやってくる」と、従来の一次電池から二次電池の開発への展開ということで、淡路島に「二次電池の工場」を建設し、スタートいたしました。当時はこの二次電池を売るのも大変でした。この会場にも、その電池が使われているものがあります。「非常口」と書かれているランプの中には、この二次電池が入っております。いつもチャージされておりますので事故が起こっても点灯したまま消えないということで、二次電池がだんだんと広まっていき、電気かみそりや電動工具などにも使われるようになってまいりました。」、

戦後から苦労して立ち上がってきた、いわば、同期生のような会社の善意をこうやって、踏みにじるわけです。
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