征韓論
投稿者: xsekitori 投稿日時: 2004/11/07 12:43 投稿番号: [3993 / 85019]
明治政府における征韓論の最初の首唱者は木戸であった。
【西郷隆盛は征韓論者でない】1873年(明治6)10月に政府が大分裂し,参議筆頭の西郷隆盛はじめ板垣退助・江藤新平・後藤象二郎・副島種臣の諸参議がいっせいに辞職するという大事件(明治六年政変)がおきた。従来,この事件は“征韓論政変”と呼ばれ,征韓派の西郷隆盛らと非征韓派の大久保利通らとの対立が原因となって惹起したものとみなされてきた。しかし,このような見方は史実の裏付けがない俗説である。西郷が閣議などの公的な場で“征韓”を主張したことを示す史料は現在まで発見されていない。それどころか,西郷は,閣議において朝鮮への出兵論に反対し,平和的道義的交渉による日韓国交の正常化を力説したものである。
西郷は,1873年10月15日付で太政大臣三条実美にあてた「始末書」において,〈公然と使節差し立てらるる〉のが至当であり,あらかじめ戦争準備をして使節を派遣するのは〈礼を失せられ候〉,そうでなくて誠心誠意の交渉によって〈是非交誼を厚く成され候御趣意貫徹いたし候様これありたく〉と明言している
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