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文化伝搬の中継もしていない朝鮮

投稿者: waracchauyo5 投稿日時: 2007/04/17 19:59 投稿番号: [39083 / 85019]
この間、書いた通り、どう考えても、中国の史書、日本書紀から考えて、中国と日本は、少なくとも1世紀頃から直接交流しており、朝鮮がその仲立ちに入っていたことを証明する、傍証する史書はどこにもない。

後漢書の「東夷伝」によると、57年、倭の小国・奴国の国王が後漢に使いを送り、「漢委奴国王」という金印を送った。
239年   卑弥呼が魏に使いを送る
魏志の「倭人伝」によると、239年、邪馬台国の女王・卑弥呼は魏に船で使いを送り、「親魏倭王」の称号を受けたとのこと。卑弥呼は「あやし」(まじない)によって国を治めていたと。
弥生時代は、日本で稲作が始まった。
413年、倭王が晋に使者を送った。
478年   倭王武が中国の南朝と交流。
宋書の「倭国伝」に、5世紀ごろ、讃・珍・済・興・武の倭の五王がいる。船による交流があったと記録。

考えてみれば当然で、高句麗等満州勢力が強力で、戦乱の絶えない未踏の地、朝鮮半島を通るはずもない。陸路で隋や宋と交流があったという記載もどこにもない。

そして、百済は数百年間は、大陸系の扶余と、他の中国人、大和の人間によって成立していた連合国家とされる。

また、日本が朝鮮半島南部を支配していたことも中国側の史書にも何回も書かれている。

>中国の延辺大学教授全春元氏の小論は、史実を重んじる日本人にも読むに値する論文である。
この小論の主題は「任那日本府について」である。
従来の説は、日本書紀や複数の支那の史書が任那日本府の存在を記載していることを史実とするものである。

ところが韓国はその存在を否定する。1963年9月23日に発表された北の学者金錫享らの論文は、任那日本府を日帝学者らが作り出した「でたらめ」だとした。金らは任那日本府は日本列島内に存在した朝鮮系分国である新羅・百済・高句麗などを統御するため設置した機関だったと書くのである。

氏はこれは荒唐無稽の憶測だと手厳しく批判している。何故なら、半島に日本府が存在した証拠が、日中の多くの文献ばかりか、考古学上の発見によっても確認されているからであると書く。
319年に日本が海路半島に達し南部を支配下に置いたことを示している。これは疑う余地が無い史実だとしている。

こんな証拠があるのに何故任那日本府の存在が否定されていたのかと言うと、考古学的な裏づけが無かったからだ。ところが90年代、任那の故地、慶尚南道一帯で4-6世紀の遺跡が発掘され、日本系遺物が大量に発見された。つまり考古学的にも日本府の存在が確認されたと述べる。

そして韓朝の学者は、これほどの資料を前にしても任那日本府の存在を否定し、さらに中朝の史実さえ改ざんしようとしていると書く。
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