帝國軍人じゃん
投稿者: great_virgin_kjss 投稿日時: 2004/11/02 18:57 投稿番号: [3870 / 85019]
前の年の8月15日、旧満州の首都新京で終戦を迎えた私は、軍上層部が泡を食って家族もろとも在留邦人を見捨て、特別列車を仕立てて逃げ出した後の佐官級官舎にいました。
終戦直前の8月12日に召集された私たちは、集合場所でお定まりの訓辞を受け、「いざというときは、これを抱いてソ連の戦車の下に飛び込め」と布団地雷なるものを渡され、隊列を組んで行進したあげく、総督府の前庭で野営。翌日、戦車壕をいくつか掘ったのち、新京の西へ。
新京西郊の緑園という場所で、官舎にはいったのは、最後の召集でかき集められたで50歳以上と20歳未満の男までの総ざらい。中央銀行の役付きのロートル(爺い)から学生まで。まさに末期症状的寄せ集め部隊でした。
あのことの国民の極限的飢餓状態は、飽食の時代に育った皆さんには想像もつかないでしょうね。が、私たちが入った佐官級宿舎には、ピカピカの白米が米櫃いっぱいに入っていて、流しの下には清酒が10本も。ちょうど鋤焼きを食べている最中に、緊急帰国通知があったのでしょうか、肉片と野菜がひからびかかったままの鍋、ご飯茶碗には食べかけの飯……おそらく身の回りの品と貴重品だけを持って、日本人同胞を見捨てて逃亡したあとがありありでした。
2日後、終戦。正午に重大放送があるとのことで、戦車壕掘りもそこそこ宿舎にもどり、ピーピーガーガー雑音の伴奏で、あの天皇の終戦の詔勅を聞いた、という訳です。
その後の職業軍人の荒れようといったら。…
軍刀を抜いて、あたり構わず斬りかかったり、私たち新兵に当たり散らしたり。時間がたって、少し落ち着いてくると将校が指揮して、トラックを調達し、市内の軍需品倉庫に在庫食料品の強奪に向かい、関東軍がため込んだ砂糖や缶詰などを満載して帰ってきました。
がんばってるじゃん。
民間人見捨てて、泥棒までして、すごいじゃん。。(藁
オーッホッホッホホー!
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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