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無惨な李朝の最後 赤坂のホテルで孤独死

投稿者: shoukikaina_to 投稿日時: 2007/04/11 21:21 投稿番号: [38443 / 85019]
日本は戦後も教育、留学を手伝ったり、大事に扱ったが、故国では粗末にされ、ろくな扱いを受けず。
日本が色々と懐かしかったのだろう。
日本に戻って、孤独死。

皇室を戴く国、日本。
時の流れで執権勢力が塗り変わって行く中でも、天皇を頂点として続いてきた日本。そういった大切なところを外さなかった国。
都合良く、担いだり、担ぎ出したり、捨てたり、利用したわけではない。日本人が国のあり方として自然に選んで、ずっと大事にしている。


>朝鮮最後の皇太子が寂しい死   東京のホテルで心臓麻痺で[2005年7月20日]

東京・赤坂プリンスホテルの一室で、一人の男がこの世を去った。子供、家族、後継ぎもなく、夫人とも離婚した彼の最後を看取った者は誰もいなかった。
死亡時刻(16日)も、死亡要因(心臓麻痺)も今となっては推定に過ぎない。“変死”に当たるため、彼の遺体は19日午前、日本の警察で司法解剖された。

日本で近代教育を受けた李玖氏は14歳で光復(韓国の独立)を迎えたが、帰国することはできなかった。執権者たちは、皇世孫の帰国を喜ばなかったからだ。
朝鮮王室の最後の皇世孫(王族の子孫)だった彼の死は、18日午後遅くに全州(チョンジュ)李氏・大同宗約院に伝えられた。

李承晩(イ・スンマン)政権が崩壊した後、1963年に朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の助けで帰国した。
1979年に李玖氏は「金を工面しに行く」と故国を離れ、日本に留まった。その後は日本の女占い師と暮らした。

神経衰弱も患っていた李玖氏は、故国の地に完全に適応することができず、日本と韓国を行き来して、日本の地で最期を迎えた。
葬儀は9日葬で行われ、24日に出棺の予定だ。埋葬地は京幾(キョンギ)道・南揚州(ナムヤンジュ)市・洪陵(ホンヌン/高宗(コジョン)皇帝陵)後方にある英親王墓地(霊園)となる。<
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