立憲君主としての昭和天皇のお立場だと?
投稿者: publicopinion100 投稿日時: 2007/04/10 20:24 投稿番号: [38291 / 85019]
先に述べたように、天皇の統治権がなかったというわけではない。統治権はあったが、立憲君主制に基づく運用上の実態が、責任ある補弼当事者が正式に上秦した事柄は原則としてご裁可になったということなのである。さらに、昭和天皇が、政策の決定に直接的に関与されるのを自制される事件が起こった。それは、張作霖爆死事件の関係者の処分を巡り、責任者の処分を求める陛下のご発言がきっかけで、田中義一内閣が総辞職してしまった事件である。これ以来、陛下は、議会と内閣の決定に直接的な異議を唱えないという姿勢を強められた。開戦にいたる昭和16年4月から、11月27日に米国からの最後通牒とされる、「ハルノート」を突き付けられるまで、日本は必死の外交交渉を進め、できるなら日米衝突を避けるべく努力を続けていた。その間、昭和天皇が9月3日の御前会議をはじめとして、たびたび「間接的」表現であるが、戦争回避のお気持ちを吐露されている。間接的というのは、陛下が立憲君主としてのお立場を尊守されたからである。
開戦時において陛下には、閣議の決定に対して、「形式的な裁可を下された」という事実はある。しかしここで問題とされるとすれば「道義的な責任」のみであり、道義的責任とは立場や見方で変わる相対的な責任である(注)。繰り返すが、開戦の決定自体は、法的、政治的には何らの責任も発生しない。
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法的、政治的な責任を勝手に問うて、なんら責任は発生しないと勝手に結論付けている。
戦争が2度とないならそれでよかろう。
しかしだ、日本が国際社会の平和に貢献するために軍隊を出動させる状況は今後いくらでも発生する。
そのとき、軍隊の派遣を決定した者が誰も責任と取らないとしたら、「道義的な責任」すら否定するのであったら、誰も戦わんちゅうの。
ノー天気な自己弁護してかしやがって。日本人の道徳的、道義的な行動規範を率先して示すべき天皇が「道義的な責任」を全うしなくても、シャーシャーとしてやがる。
無責任体質の腑抜け日本人!
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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