開戦の詔勅で、昭和天皇の御苦労が分かる
投稿者: shoukikaina_to 投稿日時: 2007/04/10 17:58 投稿番号: [38279 / 85019]
>日本に対しての挑発行為、これでは戦争になったとて当然。これに「戦争責任」などと後付論理で当事者でもない部外者(戦後生れ)が何をいう資格があるのか。
全ては歴史の一項へ。あるがままの史実を淡々とあるがままに受け入れる。<
同感です。
日本側は、天皇陛下をはじめ、苦心惨憺、和平工作に努めていた。パール判事が言ったように、「あれだけ執拗に無理難題をふっかけ、裏で宣戦布告なしで日本に戦争をしかけ、かつ、最後にはハル・ノートを出されたら、欧州の小さな公国ですら開戦しただろう」と言われる通りのことがあった。
開戦は失敗だった、当時の人達は馬鹿だったとは、後から言える「屁理屈」にすぎない。そんな歴史観を認めたら、戦争で負けた側は、常に馬鹿だったことになる(大笑い
イギリスがスエズで負けたら馬鹿で、エリザベス女王は退位して謝罪して、ナイフで自害すべきで、しなかったら、禍根を残すし、気概がないなんて言われるのか?
昭和天皇の当時の開戦詔勅ですべて、陛下の御苦労と、やむをえざる背景がよく分かる。
>(前文略)
そもそも、東アジアの安定を確保し、それをもって世界の平和に 寄与する事は、大いなる明治天皇と、その大いさを受け継がれた大 正天皇が構想されたことで、遠大なはかりごととして、余も日頃、 かたときも忘れずに心がけている事である。
そういう理由であるから、各国との交流を篤くおこない、万国の 共栄の喜びをともにすることは、帝国の外交の要諦とするところで ある。今や、不幸にして、米英両国との争いを開始するにいたった。 まことに、やむをえない事態である。どうして、これが余の本意で あろうか(このような事態は、余の本意ではない。)
中華民国政府は、以前より帝国の真意を理解せず、みだりに闘争 を起こし、東アジアの平和を攪乱(かくらん)し、遂(つい)に帝 国に武器をとらせる事態(慮溝橋事件)にいたり、現在まで四年が 過ぎた。さいわいに、国民政府は、汪清衛・南京政府に新たに変わっ た。帝国はこの政府と、善隣の誼(よしみ)を結び、ともに提携す るに至ったが、重慶に残存する蒋介石政権は、米英の庇護を当てに し、兄弟であるはずの南京政府と、いまだに相互の境をはさんでせ めぎあう姿勢を改めない。
米英両国は、蒋介石政権を支援し、東アジアの戦禍と混乱を助長 し、平和の美名に匿(かく)れて、東洋を征服する非道なる野望を たくましくしている。あまつさえ、くみする国々を誘い、帝国の周 辺において、軍備を増強し、わが国に挑戦し、更に帝国の平和的通 商にあらゆる妨害を与へ、ついには禁輸措置を意図的におこなって、 帝国の生存に重大なる脅威を加えている。
余は、政府をして、そのような事態を平和の裡(うち)に解決さ せようと、長い間、隠忍(いんにん)したのだが、米英は、寸毫 も譲り合いの精神を持たず、むやみに事態の解決を遅らせ先延ばし にし、その間にもますます、英米による経済上・軍事上の脅威は増 大し続け、それによって我が国を屈服させようとしている。
このような事態が、そのまま推移したならば、東アジアの安定に 関して、帝国がはらってきた積年の努力は、ことごとく水の泡とな り、帝国の存立も、文字通り危機に瀕することになる。ことここに 至っては、帝国は今や、自存と自衛の為に、決然と立上がり、英米 による一切の障礙(しょうがい)を破砕する以外に道はない。
皇祖皇宗の神霊は、天にましまし、余は、汝ら国民の忠誠と武勇 を信頼し、祖先の遺業を押し広め、すみやかに英米による禍根をとり除き、東アジアに永遠の平和を確立し、それによって帝国の光栄 の保全を期すものである。< (現代語訳)
全ては歴史の一項へ。あるがままの史実を淡々とあるがままに受け入れる。<
同感です。
日本側は、天皇陛下をはじめ、苦心惨憺、和平工作に努めていた。パール判事が言ったように、「あれだけ執拗に無理難題をふっかけ、裏で宣戦布告なしで日本に戦争をしかけ、かつ、最後にはハル・ノートを出されたら、欧州の小さな公国ですら開戦しただろう」と言われる通りのことがあった。
開戦は失敗だった、当時の人達は馬鹿だったとは、後から言える「屁理屈」にすぎない。そんな歴史観を認めたら、戦争で負けた側は、常に馬鹿だったことになる(大笑い
イギリスがスエズで負けたら馬鹿で、エリザベス女王は退位して謝罪して、ナイフで自害すべきで、しなかったら、禍根を残すし、気概がないなんて言われるのか?
昭和天皇の当時の開戦詔勅ですべて、陛下の御苦労と、やむをえざる背景がよく分かる。
>(前文略)
そもそも、東アジアの安定を確保し、それをもって世界の平和に 寄与する事は、大いなる明治天皇と、その大いさを受け継がれた大 正天皇が構想されたことで、遠大なはかりごととして、余も日頃、 かたときも忘れずに心がけている事である。
そういう理由であるから、各国との交流を篤くおこない、万国の 共栄の喜びをともにすることは、帝国の外交の要諦とするところで ある。今や、不幸にして、米英両国との争いを開始するにいたった。 まことに、やむをえない事態である。どうして、これが余の本意で あろうか(このような事態は、余の本意ではない。)
中華民国政府は、以前より帝国の真意を理解せず、みだりに闘争 を起こし、東アジアの平和を攪乱(かくらん)し、遂(つい)に帝 国に武器をとらせる事態(慮溝橋事件)にいたり、現在まで四年が 過ぎた。さいわいに、国民政府は、汪清衛・南京政府に新たに変わっ た。帝国はこの政府と、善隣の誼(よしみ)を結び、ともに提携す るに至ったが、重慶に残存する蒋介石政権は、米英の庇護を当てに し、兄弟であるはずの南京政府と、いまだに相互の境をはさんでせ めぎあう姿勢を改めない。
米英両国は、蒋介石政権を支援し、東アジアの戦禍と混乱を助長 し、平和の美名に匿(かく)れて、東洋を征服する非道なる野望を たくましくしている。あまつさえ、くみする国々を誘い、帝国の周 辺において、軍備を増強し、わが国に挑戦し、更に帝国の平和的通 商にあらゆる妨害を与へ、ついには禁輸措置を意図的におこなって、 帝国の生存に重大なる脅威を加えている。
余は、政府をして、そのような事態を平和の裡(うち)に解決さ せようと、長い間、隠忍(いんにん)したのだが、米英は、寸毫 も譲り合いの精神を持たず、むやみに事態の解決を遅らせ先延ばし にし、その間にもますます、英米による経済上・軍事上の脅威は増 大し続け、それによって我が国を屈服させようとしている。
このような事態が、そのまま推移したならば、東アジアの安定に 関して、帝国がはらってきた積年の努力は、ことごとく水の泡とな り、帝国の存立も、文字通り危機に瀕することになる。ことここに 至っては、帝国は今や、自存と自衛の為に、決然と立上がり、英米 による一切の障礙(しょうがい)を破砕する以外に道はない。
皇祖皇宗の神霊は、天にましまし、余は、汝ら国民の忠誠と武勇 を信頼し、祖先の遺業を押し広め、すみやかに英米による禍根をとり除き、東アジアに永遠の平和を確立し、それによって帝国の光栄 の保全を期すものである。< (現代語訳)
これは メッセージ 38275 (numbergl さん)への返信です.
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