自分の矛盾に気づかないのは○○○ですよ♪
投稿者: chonmage_johney 投稿日時: 2007/04/10 15:02 投稿番号: [38266 / 85019]
錯乱していますね
publicopinion100 殿
あなたは、私へのレスで
>日本は民主国家だ。言論の自由は保証されている。一方的に内なる敵を叩くことは簡単だが、それは両刃の剣であって、いつ自分に跳ね返ってくるわからない。 それを考慮した上で、大多数の日本人をして叩くべき相手とするのは、外なる敵だ。(#38096)
としながら、舌の根も乾かぬうちに
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019565&tid=4z9q&sid=552019565&mid=38194
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019565&tid=4z9q&sid=552019565&mid=38196
というのは、「本当に叩くべきは、無責任体質が染み付いた、“間抜けな”日本人です」。と宣言してしまったものとしか見えません。
主張に矛盾が生じてはいませんか。それとも、他の日本人には、外に目を向けさせ、自分だけは、泥棒猫よろしく、こそこそと、日本人批判に没頭するというハラでしょうか。
>一方的に内なる敵を叩くことは簡単だが、それは両刃の剣であって、いつ自分に跳ね返ってくるわからない。(ママ)
というのが、ひょっとしたら、計算した予防線だったのでしょうか。ま、今日未明以降の投稿がそれを証明しているとも言えなくもない。というか、まんま暗示していたんですね。
天皇の戦争責任を論じる前に、ご自分のことを顧みてはいかがでしょうか。自分なら『なんでもあり』とするのなら、その理由は何でしょうか。
で、その戦争責任論ですが・・・・・
一般的に、この言葉には、多分に道義的(イデオロギー的)な意味が込められていると思います。しかし、戦争というのは、政治の衝突によって生じることもあれば、宗教的な軋轢で起こることもありますし、自分達の文化を守るといった、自衛の為に立ち上がったということもあります。特に、最後に挙げたものが理由としては大きい。だから、人間は戦争を有史以来、繰り広げてきたと見ます(唯一の例外が、日本海の向こう岸の国か・・・)。
要するに、戦争というものは、正義対正義なのです。終わるまでは。ということは道義責任というものも生じようがないのです。そして、戦争は外交の一つの手段です。それは論理で進められていきます。論理と感情をごっちゃにしてはいけません。なるほど、国内の多数の人間が犠牲になった。それは認めますが、「私も悪いが、あなたも悪い」で、お互い様なんです。道義的な責任とか敗戦責任が生じるとしたら、それは完璧な後付けの理論です。
なにやら、それに固執しているようですが、
>現在の視点で過去を断罪しているのではない・・・(#38095)。
としておきながら、カビの生えたような責任論をしゃあしゃあと述べるのも、明らかな矛盾と見ます。
この辺、どのように折り合いをつけるのでしょうか。
責任云々については、諸々の条約で対外的には解決済みですし、国内に目を向ければ、敗戦直後には、天皇の戦争責任なんて妙な言葉はありませんでした。責任を追及しようという声もありません(ま、日本共産党員は分かりませんが)。でなければ、陛下の全国行脚なんて、とても成立しません。何でも、とある本によれば、護衛の車や人すらいなかったとのこと。
間違いなく、敗戦直後、陛下と一般国民には一体感があったのです。
これをも“間抜け”と言えるかい?
こういうのが一番許せないのかい?
だとしたら、あなた。人間不在の歴史観に陥っているよ。カンニングペーパー見ながら答案書いているのと同じだよ。
蛇足ながら、
日本は無条件降伏をしていません。第一、本当に無条件ならば、即刻米国51番目の州にされているか、極端に言えば、日本人が鏖にされているでしょう。対象となっているのは、日本の軍隊のみです。日本軍の無条件降伏に日本国が応じよ。ポツダム宣言を受諾せよ。という条件が提示され、それを呑んだのだから、『有条件降伏』が正しいのです。
publicopinion100 殿
あなたは、私へのレスで
>日本は民主国家だ。言論の自由は保証されている。一方的に内なる敵を叩くことは簡単だが、それは両刃の剣であって、いつ自分に跳ね返ってくるわからない。 それを考慮した上で、大多数の日本人をして叩くべき相手とするのは、外なる敵だ。(#38096)
としながら、舌の根も乾かぬうちに
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019565&tid=4z9q&sid=552019565&mid=38194
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019565&tid=4z9q&sid=552019565&mid=38196
というのは、「本当に叩くべきは、無責任体質が染み付いた、“間抜けな”日本人です」。と宣言してしまったものとしか見えません。
主張に矛盾が生じてはいませんか。それとも、他の日本人には、外に目を向けさせ、自分だけは、泥棒猫よろしく、こそこそと、日本人批判に没頭するというハラでしょうか。
>一方的に内なる敵を叩くことは簡単だが、それは両刃の剣であって、いつ自分に跳ね返ってくるわからない。(ママ)
というのが、ひょっとしたら、計算した予防線だったのでしょうか。ま、今日未明以降の投稿がそれを証明しているとも言えなくもない。というか、まんま暗示していたんですね。
天皇の戦争責任を論じる前に、ご自分のことを顧みてはいかがでしょうか。自分なら『なんでもあり』とするのなら、その理由は何でしょうか。
で、その戦争責任論ですが・・・・・
一般的に、この言葉には、多分に道義的(イデオロギー的)な意味が込められていると思います。しかし、戦争というのは、政治の衝突によって生じることもあれば、宗教的な軋轢で起こることもありますし、自分達の文化を守るといった、自衛の為に立ち上がったということもあります。特に、最後に挙げたものが理由としては大きい。だから、人間は戦争を有史以来、繰り広げてきたと見ます(唯一の例外が、日本海の向こう岸の国か・・・)。
要するに、戦争というものは、正義対正義なのです。終わるまでは。ということは道義責任というものも生じようがないのです。そして、戦争は外交の一つの手段です。それは論理で進められていきます。論理と感情をごっちゃにしてはいけません。なるほど、国内の多数の人間が犠牲になった。それは認めますが、「私も悪いが、あなたも悪い」で、お互い様なんです。道義的な責任とか敗戦責任が生じるとしたら、それは完璧な後付けの理論です。
なにやら、それに固執しているようですが、
>現在の視点で過去を断罪しているのではない・・・(#38095)。
としておきながら、カビの生えたような責任論をしゃあしゃあと述べるのも、明らかな矛盾と見ます。
この辺、どのように折り合いをつけるのでしょうか。
責任云々については、諸々の条約で対外的には解決済みですし、国内に目を向ければ、敗戦直後には、天皇の戦争責任なんて妙な言葉はありませんでした。責任を追及しようという声もありません(ま、日本共産党員は分かりませんが)。でなければ、陛下の全国行脚なんて、とても成立しません。何でも、とある本によれば、護衛の車や人すらいなかったとのこと。
間違いなく、敗戦直後、陛下と一般国民には一体感があったのです。
これをも“間抜け”と言えるかい?
こういうのが一番許せないのかい?
だとしたら、あなた。人間不在の歴史観に陥っているよ。カンニングペーパー見ながら答案書いているのと同じだよ。
蛇足ながら、
日本は無条件降伏をしていません。第一、本当に無条件ならば、即刻米国51番目の州にされているか、極端に言えば、日本人が鏖にされているでしょう。対象となっているのは、日本の軍隊のみです。日本軍の無条件降伏に日本国が応じよ。ポツダム宣言を受諾せよ。という条件が提示され、それを呑んだのだから、『有条件降伏』が正しいのです。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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