大東亜戦争に対するフィリピンの見解
投稿者: cyber_angel_communication 投稿日時: 2004/10/31 01:00 投稿番号: [3792 / 85019]
参考資料
:
フィリピン
ジョジョ・P・マリグ(フィリピン人ジャーナリスト)SAPIO(小学館)2000年12月20日号「PHOTO & REPORT 神風特攻隊はフィリピンで英雄だった/井上和彦氏」より
引用…↓
「この式典は日本とフィリピンの関係を知るよい機会です。私は先の大戦で戦ったすべての愛国者は”英雄”だと考えています。とりわけその尊い生命を国家に捧げた神風特攻隊員は尊敬すべき”英雄”だと思います。またカミカゼ・アタックを決断した大西瀧治郎中将も本物の”武士”です」
↑…引用終わり
※ 〜補足〜
平成12年10月25日、フィリピンでは、パンパンガ州マバラカットをメインに、タルラック州バンバン、同州カパスの3か所で、「神風特別攻撃隊」をはじめ戦没者の慰霊祭が挙行された。
この慰霊祭には、特攻隊員の遺族ら日本からの参加者に混じって、フィリピン空軍将校やアメリカ人らも参列したのであった。
参考資料 :フィリピン ダニエル・H・ディゾン画伯・・・1974年(昭和49年)、特攻隊の生き様に感動したディゾン画伯は、神風特攻隊慰霊碑の建立を思い立ち、マバラカット市長に進言。マバラカット飛行場跡地に慰霊碑を建立した。
(アドレス:ttp://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/5410/gaikoku_kamikaze/kamikaze_philip.html)
引用…↓
「いまから35年前に私は神風特攻隊の本を読みました。涙がとまらなかった。
・・・こんな勇気や忠誠心をそれまで聞いたことがなかったからです。同じアジア人として、このような英雄がマバラカットと私の町アンヘレスで誕生したことを”誇り”に思っています」
参考資料 : 地元通訳 マリオ・ピネダ氏(2000年当時 73歳)
引用…↓
「かつて日本の統治を受けた台湾や韓国を見てください。
立派に経済的な繁栄を遂げているでしょう。
これは日本が統治下で施した”教育”の成果です。
・・・・ですが、アメリカの統治を受けたフィリピンでは、自分たちでモノを作ることを学ぱせてもらえなかった。
人々は鉛筆すら作ることができなかったのですよ。
アメリカが自分達の作ったものを一方的にフィリピンに売りつけてきたからでした」
↑…引用終わり
※ 〜補足〜
フィリピン人はアジア人でありながらその多くがスペイン風の名前を持ち、かつては英語を強要されていた。
英語はたしかに役に立つが、やはり強制的に欧米化されたことはフィリピン人には苦い歴史となっている。
「英語が母国語なら英語の勉強をしなくてもいい」と考える日本人もいるが、大切なものは失ってはじめて気が付くのである。
参考資料 :在比邦人何けテレビ局「WINSチヤンネル」のキャスターでウインズ・インターナショナルの社長・水島総(51)
引用…↓
「フィリピン人は日本で伝えられているような”反日”などではなく、むしろ親日的ですよ・・・。
フィリピンの人々は戦争に対しては日本人よりも”リアリスト”です。
戦争があれぱ多少なりとも悲劇はあると、現実的な考え方をしています。
ですからフィリピンの人々は日本を責めようなどとは思っていません」
↑…引用終わり
※ 〜補足〜
フィリピンでは日本軍の将軍が祭られていることもある(例 特攻隊の生みの親 大西中将など)
神風特攻隊を例に出して愛国心を教育するフィリピンの先生は少なくない。
引用…↓
「この式典は日本とフィリピンの関係を知るよい機会です。私は先の大戦で戦ったすべての愛国者は”英雄”だと考えています。とりわけその尊い生命を国家に捧げた神風特攻隊員は尊敬すべき”英雄”だと思います。またカミカゼ・アタックを決断した大西瀧治郎中将も本物の”武士”です」
↑…引用終わり
※ 〜補足〜
平成12年10月25日、フィリピンでは、パンパンガ州マバラカットをメインに、タルラック州バンバン、同州カパスの3か所で、「神風特別攻撃隊」をはじめ戦没者の慰霊祭が挙行された。
この慰霊祭には、特攻隊員の遺族ら日本からの参加者に混じって、フィリピン空軍将校やアメリカ人らも参列したのであった。
参考資料 :フィリピン ダニエル・H・ディゾン画伯・・・1974年(昭和49年)、特攻隊の生き様に感動したディゾン画伯は、神風特攻隊慰霊碑の建立を思い立ち、マバラカット市長に進言。マバラカット飛行場跡地に慰霊碑を建立した。
(アドレス:ttp://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/5410/gaikoku_kamikaze/kamikaze_philip.html)
引用…↓
「いまから35年前に私は神風特攻隊の本を読みました。涙がとまらなかった。
・・・こんな勇気や忠誠心をそれまで聞いたことがなかったからです。同じアジア人として、このような英雄がマバラカットと私の町アンヘレスで誕生したことを”誇り”に思っています」
参考資料 : 地元通訳 マリオ・ピネダ氏(2000年当時 73歳)
引用…↓
「かつて日本の統治を受けた台湾や韓国を見てください。
立派に経済的な繁栄を遂げているでしょう。
これは日本が統治下で施した”教育”の成果です。
・・・・ですが、アメリカの統治を受けたフィリピンでは、自分たちでモノを作ることを学ぱせてもらえなかった。
人々は鉛筆すら作ることができなかったのですよ。
アメリカが自分達の作ったものを一方的にフィリピンに売りつけてきたからでした」
↑…引用終わり
※ 〜補足〜
フィリピン人はアジア人でありながらその多くがスペイン風の名前を持ち、かつては英語を強要されていた。
英語はたしかに役に立つが、やはり強制的に欧米化されたことはフィリピン人には苦い歴史となっている。
「英語が母国語なら英語の勉強をしなくてもいい」と考える日本人もいるが、大切なものは失ってはじめて気が付くのである。
参考資料 :在比邦人何けテレビ局「WINSチヤンネル」のキャスターでウインズ・インターナショナルの社長・水島総(51)
引用…↓
「フィリピン人は日本で伝えられているような”反日”などではなく、むしろ親日的ですよ・・・。
フィリピンの人々は戦争に対しては日本人よりも”リアリスト”です。
戦争があれぱ多少なりとも悲劇はあると、現実的な考え方をしています。
ですからフィリピンの人々は日本を責めようなどとは思っていません」
↑…引用終わり
※ 〜補足〜
フィリピンでは日本軍の将軍が祭られていることもある(例 特攻隊の生みの親 大西中将など)
神風特攻隊を例に出して愛国心を教育するフィリピンの先生は少なくない。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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