戦争、「戦争犯罪」資料の調べ方、見方
投稿者: utsukusiikuninihonn 投稿日時: 2004/10/28 23:41 投稿番号: [3726 / 85019]
資料、ことに国際間にわたる出来事を調べる方法、調査の仕方についてはあまり語る必要もないでしょう。師団ごとの動きや戦争、軍事行動のことならばなおのこと、わざわざ防衛庁戦史研究に頼るなどということもありません。師団ごとの細かい資料も容易に手に入ります。また、国際的な資料調査については、日本は大変優れた先生がいたからです。
さて、日本の「戦争犯罪」という言葉は、勿論、極東軍事裁判から始まります。
その間、日本の戦争関連、連合軍、特に中国が華人圏などの資料も偽造して色々と言ってきたことについて、自らのマレーシアやシンガポールの友人達も頼って、「偶然発見された」とされる資料も集め、徹底的に資料を精査、調査し、何度も調べた方が一人ありました。
極東裁判の中で唯一人の法理学者で調査力に定評があった方で博士です。
主要11ヶ国の判事のうち、国際法で学位を有したのはその方だけで、極東軍事裁判終了後には、国際連合の国際法委員会委員長にもなりました。法学者として国際的な権威でありました。
東京裁判が開かれていた約2年半の間、他の判事達がドライブやパーティや政治的な駆け引きに多忙を極める間も、その博士は帝国ホテルの一室に閉じこもったまま、実に3,000数百冊の書籍、書類、また、取り寄せ、やりとりした国際調査資料、各国関係者からの返答を調べ、吟味し、一個一個目を通し、調べ確認していました。
その方が書かれた判決文は従って詳細を極め、実に一千数百ページに及びます。調査と判決書執筆を中断したのは、夫人危篤の知らせを受けた時だけでした。後は土曜日曜も休まず、ひたすら調べ、問い合わせ、吟味を続けました。
それほど生々しい調査は後にも行われておらず、しかも連合国側にも調査権を行使できましたから、日本の「戦争犯罪」とされた事については今でも第一人者です。
「日本や、日本の戦犯達が、(虐殺などの)残虐行為や捕虜虐待を命令したり授権したり、又は許可したという証拠はまったく絶無である。
もし非戦闘員の生命財産の無差別破壊というものが戦争に於て違法であるならば、都市爆弾や原子爆弾の使用はどうなのかを問いたい。
連合国側からの、起訴事項全部について無罪である」
(仮に何らかの責められることがあったと仮定しても)「いやしくも強国である以上は、この様な企画や準備をしなかった国はなかった。どうして日本だけが犯罪になるのか、理解する事が不可能である」
その後、再来日した際も、「小国も含めて、虐殺などで、果たして日本を責められる国はあるのだろうか?」と強く訴えています。
「満州事変から大東亜戦争勃発にいたる真実の歴史を、どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。日本の子弟が歪められた罪悪感を背負って卑屈・退廃に流されてゆくのを、私は見過ごして平然たるわけにはゆかない。彼らの戦時宣伝の
欺瞞を払拭しなければならない。誤られた歴史は書き換えられねばならない」
言うまでもなく、この博士とはインド人のラダビノート・パール博士です。
英国法曹界のハンキー卿は、極東軍事裁判の最中から英国で別途調査を進め、マレーシア、シンガポールなどの華人が殺されたことなどについても中国共産党や国民党がかつて裏で陰謀的に動き、犠牲者を増やしたことなども調べていました。
「パール博士の無罪論こそ正論である」として「戦犯裁判の誤り」を強く訴え、そういった詳細を書いた著書も急いで出版し、マッカーサーなどに圧力をかけています。
ドイツの高名な軍事史家、歴史研究者ウーレ・ウエットラー氏も、太平洋方面の戦史、各国軍の動向を細かく調べた著書がありますが、その後もよく、「純粋に軍事史的見地から調べた結論から言うと、兵士の訓練度、司令官の質、行動、全ての面で日本軍 の優秀さは群を抜いていた。民間人に対する対応も、占領軍であるにも関わらず、実に礼儀に富んだものであった」 と、現在のアジア諸国(中国、韓国、北朝鮮以外)と同じ見方をしています。
その後、マレーシア、タイ、フィリピン、ビルマ、インドネシア、カンボジア、アルゼンチン、メキシコなど、さらに欧米でも日本を擁護し、むしろ正しかった、賛美されても良いとの発言が続いたことはもう述べません。
繰り返しますが、本当に良い時代にはなりました。嘘も出鱈目も思いつきもすべて見破られたのですから。
そして、日本はまことに恵まれた、素晴らしい国だと思います。これほど海外から擁護され、守られ、讃えられた国というのも、私は他に知りません。
頼んだわけでもないのに、アジアを中心に多くの外国の方々が日本を擁護し、守って下さいます。戦争で亡くなられ、また、無実の罪で刑場の露と消えたた多くの方々の努力と苦労と命を捧げ
さて、日本の「戦争犯罪」という言葉は、勿論、極東軍事裁判から始まります。
その間、日本の戦争関連、連合軍、特に中国が華人圏などの資料も偽造して色々と言ってきたことについて、自らのマレーシアやシンガポールの友人達も頼って、「偶然発見された」とされる資料も集め、徹底的に資料を精査、調査し、何度も調べた方が一人ありました。
極東裁判の中で唯一人の法理学者で調査力に定評があった方で博士です。
主要11ヶ国の判事のうち、国際法で学位を有したのはその方だけで、極東軍事裁判終了後には、国際連合の国際法委員会委員長にもなりました。法学者として国際的な権威でありました。
東京裁判が開かれていた約2年半の間、他の判事達がドライブやパーティや政治的な駆け引きに多忙を極める間も、その博士は帝国ホテルの一室に閉じこもったまま、実に3,000数百冊の書籍、書類、また、取り寄せ、やりとりした国際調査資料、各国関係者からの返答を調べ、吟味し、一個一個目を通し、調べ確認していました。
その方が書かれた判決文は従って詳細を極め、実に一千数百ページに及びます。調査と判決書執筆を中断したのは、夫人危篤の知らせを受けた時だけでした。後は土曜日曜も休まず、ひたすら調べ、問い合わせ、吟味を続けました。
それほど生々しい調査は後にも行われておらず、しかも連合国側にも調査権を行使できましたから、日本の「戦争犯罪」とされた事については今でも第一人者です。
「日本や、日本の戦犯達が、(虐殺などの)残虐行為や捕虜虐待を命令したり授権したり、又は許可したという証拠はまったく絶無である。
もし非戦闘員の生命財産の無差別破壊というものが戦争に於て違法であるならば、都市爆弾や原子爆弾の使用はどうなのかを問いたい。
連合国側からの、起訴事項全部について無罪である」
(仮に何らかの責められることがあったと仮定しても)「いやしくも強国である以上は、この様な企画や準備をしなかった国はなかった。どうして日本だけが犯罪になるのか、理解する事が不可能である」
その後、再来日した際も、「小国も含めて、虐殺などで、果たして日本を責められる国はあるのだろうか?」と強く訴えています。
「満州事変から大東亜戦争勃発にいたる真実の歴史を、どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。日本の子弟が歪められた罪悪感を背負って卑屈・退廃に流されてゆくのを、私は見過ごして平然たるわけにはゆかない。彼らの戦時宣伝の
欺瞞を払拭しなければならない。誤られた歴史は書き換えられねばならない」
言うまでもなく、この博士とはインド人のラダビノート・パール博士です。
英国法曹界のハンキー卿は、極東軍事裁判の最中から英国で別途調査を進め、マレーシア、シンガポールなどの華人が殺されたことなどについても中国共産党や国民党がかつて裏で陰謀的に動き、犠牲者を増やしたことなども調べていました。
「パール博士の無罪論こそ正論である」として「戦犯裁判の誤り」を強く訴え、そういった詳細を書いた著書も急いで出版し、マッカーサーなどに圧力をかけています。
ドイツの高名な軍事史家、歴史研究者ウーレ・ウエットラー氏も、太平洋方面の戦史、各国軍の動向を細かく調べた著書がありますが、その後もよく、「純粋に軍事史的見地から調べた結論から言うと、兵士の訓練度、司令官の質、行動、全ての面で日本軍 の優秀さは群を抜いていた。民間人に対する対応も、占領軍であるにも関わらず、実に礼儀に富んだものであった」 と、現在のアジア諸国(中国、韓国、北朝鮮以外)と同じ見方をしています。
その後、マレーシア、タイ、フィリピン、ビルマ、インドネシア、カンボジア、アルゼンチン、メキシコなど、さらに欧米でも日本を擁護し、むしろ正しかった、賛美されても良いとの発言が続いたことはもう述べません。
繰り返しますが、本当に良い時代にはなりました。嘘も出鱈目も思いつきもすべて見破られたのですから。
そして、日本はまことに恵まれた、素晴らしい国だと思います。これほど海外から擁護され、守られ、讃えられた国というのも、私は他に知りません。
頼んだわけでもないのに、アジアを中心に多くの外国の方々が日本を擁護し、守って下さいます。戦争で亡くなられ、また、無実の罪で刑場の露と消えたた多くの方々の努力と苦労と命を捧げ
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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