Re: 韓国>恋人さんへ
投稿者: chonmage_johney 投稿日時: 2007/02/01 13:21 投稿番号: [33700 / 85019]
>意識の低い一般の考えも国益重視のものに変えていかなければ日本の明日はない、何故なら意識の低い人こそ多数派なのですから。
>そして意識の低い人は現状売国メディアに汚染されたままです。
恋人さんの懸念は理解できますが、日本人一般はまだ自浄能力を有していると思います。私が例に挙げた、『マッド女旋風』の約半年後の衆院選では、自民党が持ち直したということもありますし。今にして思えば、あれは、社会党という組織にとって、消える前の蝋燭だったわけです。片方に振れすぎた振り子を元に戻すというセンスはあるのではないか。民衆は賢にして愚。愚にして賢。と見ますが、楽観的すぎますでしょうか。もちろん、善良なる国民不在のところで蠢く西瓜のような左翼の暗躍(例・ジェンダーフリーだとかいう代物)ぶりには十分、目を光らせる必要はあります。そこで、意識の高い人たちの出番となるわけですが。
>世の中一般の人は簡単に売国メディアに洗脳されてしまう。寒流などその辺の浅はかなオバサンが引っかかるのだろうし、
世の中は適者生存。自然淘汰の法則が働きます。所謂、韓流というのは、そのもの珍しさとか真新しさということが一時的に受けただけだと見ます。次に新しいものが出たら、論理的ではなく心理的に動く民衆はそちらに食いつきますもの。よくも悪くも、『熱しやすく冷めやすい』ということなんでしょうね。韓国エンターテイメント界には、日本で適者になれるよう努力しなさい。といったところですね。
>新聞1つ取るのも、どこの新聞社が1番多く洗剤くれるかでしょう?
某新聞社は、東京ドームのチケットでしょうか(笑)。それはともかく、その程度で新聞を選択するというのは、基本的に番組欄とかスポーツ欄、又は広義のエンターテイメント欄くらいしか興味がないんじゃないでしょうかねぇ。ご近所付き合いの一つの手段と化しているとさえ見ます(もっとも、私も経験がありますが、なかには恐喝まがいのものもあるのは認めます)。今の世の中、新聞は情報収集の一つの道具であると。その媒体だけで思想的に洗脳される人間は少数派と見ます。ただ、日経だけはちょいと毛並が違うかなぁ…。
で、以後ヨコですが
>そう議論は飽くまで議論であって激しい言い合いをしても相手の人格まで否定するものではない。むしろ違う考えの人間と議論し合えることを喜ぶこのアメリカ人の感性は見習うべきものだな。
『英文法の謎を解く』(著・副島隆彦/ちくま新書)で読んだのですが、英語は倫理基準と価値基準を言葉の上で明確に区別しています。例えば、「間違っている」と言う表現も、You are wrong.とYou are bad.では意味合いが全く異なるということです。もちろん、議論で用いるのは前者なわけですが。
で、流れとしては、
You are wrong. → Please correct me (=what I say).
日本では後者の意味(倫理的に間違っている)で使われることが多いですね。ま、前記の基準をごっちゃにしているということなんでしょうが。だから、得てして本論から甚だしく逸脱した泥仕合とか誹謗中傷合戦になってしまうという按配です。
こう考えると、日本語というのは、議論をするには本質的に向いていないのかもしれません。外国人とディベートをする時は、母国語特有の曖昧さを消し去ることが求められると結論づけましょう。
もちろん、何人かの方々も指摘されておりますが、Please correct me (=what I say).の精神を持てない人間は議論に参加する資格がないのは言うまでもありません。
漫談のレベルにも到底達することはできません。
>そして意識の低い人は現状売国メディアに汚染されたままです。
恋人さんの懸念は理解できますが、日本人一般はまだ自浄能力を有していると思います。私が例に挙げた、『マッド女旋風』の約半年後の衆院選では、自民党が持ち直したということもありますし。今にして思えば、あれは、社会党という組織にとって、消える前の蝋燭だったわけです。片方に振れすぎた振り子を元に戻すというセンスはあるのではないか。民衆は賢にして愚。愚にして賢。と見ますが、楽観的すぎますでしょうか。もちろん、善良なる国民不在のところで蠢く西瓜のような左翼の暗躍(例・ジェンダーフリーだとかいう代物)ぶりには十分、目を光らせる必要はあります。そこで、意識の高い人たちの出番となるわけですが。
>世の中一般の人は簡単に売国メディアに洗脳されてしまう。寒流などその辺の浅はかなオバサンが引っかかるのだろうし、
世の中は適者生存。自然淘汰の法則が働きます。所謂、韓流というのは、そのもの珍しさとか真新しさということが一時的に受けただけだと見ます。次に新しいものが出たら、論理的ではなく心理的に動く民衆はそちらに食いつきますもの。よくも悪くも、『熱しやすく冷めやすい』ということなんでしょうね。韓国エンターテイメント界には、日本で適者になれるよう努力しなさい。といったところですね。
>新聞1つ取るのも、どこの新聞社が1番多く洗剤くれるかでしょう?
某新聞社は、東京ドームのチケットでしょうか(笑)。それはともかく、その程度で新聞を選択するというのは、基本的に番組欄とかスポーツ欄、又は広義のエンターテイメント欄くらいしか興味がないんじゃないでしょうかねぇ。ご近所付き合いの一つの手段と化しているとさえ見ます(もっとも、私も経験がありますが、なかには恐喝まがいのものもあるのは認めます)。今の世の中、新聞は情報収集の一つの道具であると。その媒体だけで思想的に洗脳される人間は少数派と見ます。ただ、日経だけはちょいと毛並が違うかなぁ…。
で、以後ヨコですが
>そう議論は飽くまで議論であって激しい言い合いをしても相手の人格まで否定するものではない。むしろ違う考えの人間と議論し合えることを喜ぶこのアメリカ人の感性は見習うべきものだな。
『英文法の謎を解く』(著・副島隆彦/ちくま新書)で読んだのですが、英語は倫理基準と価値基準を言葉の上で明確に区別しています。例えば、「間違っている」と言う表現も、You are wrong.とYou are bad.では意味合いが全く異なるということです。もちろん、議論で用いるのは前者なわけですが。
で、流れとしては、
You are wrong. → Please correct me (=what I say).
日本では後者の意味(倫理的に間違っている)で使われることが多いですね。ま、前記の基準をごっちゃにしているということなんでしょうが。だから、得てして本論から甚だしく逸脱した泥仕合とか誹謗中傷合戦になってしまうという按配です。
こう考えると、日本語というのは、議論をするには本質的に向いていないのかもしれません。外国人とディベートをする時は、母国語特有の曖昧さを消し去ることが求められると結論づけましょう。
もちろん、何人かの方々も指摘されておりますが、Please correct me (=what I say).の精神を持てない人間は議論に参加する資格がないのは言うまでもありません。
漫談のレベルにも到底達することはできません。
これは メッセージ 33648 (koibitonoirumachikado さん)への返信です.
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