これらの神社もお忘れなく
投稿者: chonmage_johney 投稿日時: 2007/01/09 01:02 投稿番号: [32040 / 85019]
特定の人間が触れたがらない神社↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E7%A5%9E%E5%AE%AE
http://boboro.web.infoseek.co.jp/overseatemples.htm
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/2152/shiryo/jinguu.html
確かに、(敢えて、サヨクとかが好きそうな表現を用いるが)皇民化政策の象徴たる神社を、日本の敗戦後、次から次へと破壊したのは、ひとまずよろしい。とします。
しかし、ここに来るコリアン系の人々の理屈で言えば、晴れて「里帰り」を果たした数々の神社を、日本の敗戦後、御神体とか場所を変えてまでも存続させようという運動が起きなかったのは何故か。本当に神社のルーツとやらが半島にあるのならば、朝鮮神宮などは、民族の間で眠っていた遺伝子を喚起させる作用があってもおかしくなかったはずです。また、日本撤退後の混乱期、心の平安を求めるために、神社にすがる人々だって相当数いたに違いありません。もっとも、そういうDNAが民族の共通の記憶として刷り込まれていればの話ですが。
でも、そんな話は寡聞にして耳にしたことがありません。
この辺、どうやって説明をするつもりでしょうか。
http://homepage1.nifty.com/kitabatake/jinjya10.html
↑ この中で、どれか一つでも残っているのでしょうかね?
可能性は極めて低そうですが。
ついでに、
全ての神社が、これで言い表せる訳ではありませんが、日本には一種の怨霊信仰みたいなものがあります。要は、非業の最期を遂げてしまった人物。そして、よしんば結果としてではあっても、賊軍を率いた人間に対し、祟られないよう、丁重に祀ろうという意識が働く。そして、官軍の方でも、それを許容する。ということです。
一例を挙げれば、菅原道真の北野天満宮。西郷隆盛の南洲神社。そして大国主命の出雲大社などです。それと、平将門の神田明神(大手町の首塚もかな)も該当するでしょうね。特に出雲大社に関しては、「雲太、和二、京三」と平安時代の数え歌で歌われたように、東大寺の大仏殿や天皇の御所、大極殿よりも巨大だったとされております。また、徳川家康の日光東照宮にも、徳川の立場からすれば最大の敵。すなわち賊軍の頭であった筈の豊臣秀吉ですら、きちんと祀られております(とある旅行で参詣した際、確か、家康の両隣が秀吉と源頼朝だったと記憶しております。本殿だか拝殿だかは失念)。
ここで、例の紋切り型のロジックを韓国に当て嵌めれば、当然に、金玉均やその支援者等を祀る祠の一つや二つあって、人々の熱心な信仰の場となっている。としてもおかしくない筈なんですがねぇ。
でも、彼らは、言っちゃ悪いんですが、単なる売国奴とか国賊ということになっていて、それで終わりでしょ?
ま、北で喩えれば、金親子に政争で敗れた者たちへの鎮魂の意味を込めた「お社」ということになるんでしょうが、100%無理でしょう。そんなことをしたら、一発で、一族郎党生き地獄行き決定ですからね。
以上、背理法的に、神社のルーツ云々をぬかす人間たちのいい加減さを証明してみました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E7%A5%9E%E5%AE%AE
http://boboro.web.infoseek.co.jp/overseatemples.htm
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/2152/shiryo/jinguu.html
確かに、(敢えて、サヨクとかが好きそうな表現を用いるが)皇民化政策の象徴たる神社を、日本の敗戦後、次から次へと破壊したのは、ひとまずよろしい。とします。
しかし、ここに来るコリアン系の人々の理屈で言えば、晴れて「里帰り」を果たした数々の神社を、日本の敗戦後、御神体とか場所を変えてまでも存続させようという運動が起きなかったのは何故か。本当に神社のルーツとやらが半島にあるのならば、朝鮮神宮などは、民族の間で眠っていた遺伝子を喚起させる作用があってもおかしくなかったはずです。また、日本撤退後の混乱期、心の平安を求めるために、神社にすがる人々だって相当数いたに違いありません。もっとも、そういうDNAが民族の共通の記憶として刷り込まれていればの話ですが。
でも、そんな話は寡聞にして耳にしたことがありません。
この辺、どうやって説明をするつもりでしょうか。
http://homepage1.nifty.com/kitabatake/jinjya10.html
↑ この中で、どれか一つでも残っているのでしょうかね?
可能性は極めて低そうですが。
ついでに、
全ての神社が、これで言い表せる訳ではありませんが、日本には一種の怨霊信仰みたいなものがあります。要は、非業の最期を遂げてしまった人物。そして、よしんば結果としてではあっても、賊軍を率いた人間に対し、祟られないよう、丁重に祀ろうという意識が働く。そして、官軍の方でも、それを許容する。ということです。
一例を挙げれば、菅原道真の北野天満宮。西郷隆盛の南洲神社。そして大国主命の出雲大社などです。それと、平将門の神田明神(大手町の首塚もかな)も該当するでしょうね。特に出雲大社に関しては、「雲太、和二、京三」と平安時代の数え歌で歌われたように、東大寺の大仏殿や天皇の御所、大極殿よりも巨大だったとされております。また、徳川家康の日光東照宮にも、徳川の立場からすれば最大の敵。すなわち賊軍の頭であった筈の豊臣秀吉ですら、きちんと祀られております(とある旅行で参詣した際、確か、家康の両隣が秀吉と源頼朝だったと記憶しております。本殿だか拝殿だかは失念)。
ここで、例の紋切り型のロジックを韓国に当て嵌めれば、当然に、金玉均やその支援者等を祀る祠の一つや二つあって、人々の熱心な信仰の場となっている。としてもおかしくない筈なんですがねぇ。
でも、彼らは、言っちゃ悪いんですが、単なる売国奴とか国賊ということになっていて、それで終わりでしょ?
ま、北で喩えれば、金親子に政争で敗れた者たちへの鎮魂の意味を込めた「お社」ということになるんでしょうが、100%無理でしょう。そんなことをしたら、一発で、一族郎党生き地獄行き決定ですからね。
以上、背理法的に、神社のルーツ云々をぬかす人間たちのいい加減さを証明してみました。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019565/4z9q_1/32040.html