タイはおっしゃる通り素晴らしいですね
投稿者: utsukusiikuninihonn 投稿日時: 2004/09/28 01:53 投稿番号: [3035 / 85019]
こんなものもいかがですか?
「タイの現状と海外から見た日本」
バンコクTELLEKE&GIBBINS 法律事務所上級顧問:西野順治郎氏
私が外務省に入り初めてタイに入りましたのは昭和12年です。その当時世界で独立国は60ケ国位でした。
旧制中学で世界の国名を全部暗記させられましたが、今300以上ある国名を全部云える人は無いと思います。アジア独立国では日本、中国、タイの3ケ国だけでした。タイがどの様にして連綿と独立国を維持出来たかと云う事はタイの人達は非常に愛国心が強く、いくら親しい間柄でもタイの悪口を云うと必ずくってかかると云う、これは上下を問わず国民全体に共通しています。
タイは日本と同じく幕末頃から西洋諸国と付合い始めたのですが、日本では陸奥外相らの努力で廃止された不平等条約が私がタイに赴任した当時まだありました。輸入品に対する関税は3%以上取ってはいけないとか外国人が被告になった時に裁判権が無いとか、そんな中で日本は日露戦争に勝って世界の強国になっている。
タイも見習えと云う事で日本に接近し、留学生を送り勉強して帰って、大臣とか陸軍の将軍にたくさんなりました。昭和10年に支店を開設した三菱商事がタイ海軍から軍艦22隻の建造を受注した事もありました。当時日本は満州進出で世界から非難されて、ついに国連を脱退しました。その時に46ケ国の代表が全部日本を非難決議しましたが、タイは棄権して日本に友好を示しました。
しかしアジアでの戦雲が濃くなって来て日本は仏領インドシナに兵を進めました。日本と英国が戦争を始めたらタイは大変な事になるのでタイは永世中立を宣言しました。そこへ日本が真珠湾を攻撃して同時にタイヘ入って行きました。これはタイを占領するのではなく英領ミャンマーや、シンガポールを攻撃する為の通過地点として上陸した訳です。そして日本大使がタイ政府に平和進駐をさせろと申し入れました。タイ政府は閣議を開いて検討し一部の反対意見がありましたが、日本と今戦っても勝てないのでタイの独立を尊重してもらう事を条件に平和進駐を認めました。日本軍がタイに入ったのでスリランカにある英軍基地からバンコク市内が爆撃されました。
当時日本軍はいたる所で戦果を収めていたのでそれにあこがれて日本と軍事同盟を結んで米国、英国に対して宣戦を布告し日本軍と共にミャンマーに進攻しました。ところが18年以後戦況が悪くなって釆て日本は勝てないだろうと思い、日、タイ同盟を結んだピプン総理をパパイオン総理に変えました。その時日本軍の軍費をタイ政府は借款として4年間で19億バーツ与えました。当時のタイ政府の国家予算が年間3億バーツですから大変な金額です。終戦時16億バーツ残っていまして戦後全額返したのは昭和30年代池田内閣の時です。
しかしタイ政府は表ではこの様に日本軍に協力しながら、戦争に負けた場合を考えて駐アメリカ公使を通じて自由タイ運動(地下抗日運動)を組織して日本軍の動向をアメリカに教えていた為に戦後連合国から厳しい取扱を受けないでいち早く国連に復帰しました。この様にしたたかな外交を駆使して自国を戦場とせず独立を守った訳であります。
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タイは、チュラロンコン王以前にも中国、ビルマ、マレーなどに囲まれ、国境線の維持、王国の独立、国民の安寧の維持には常に腐心してきました。
経済でも、一カ国が突出することを巧みに避けますね。
そのため、アジアをはじめ、東欧、北欧などでも外交官がタイ王国のあり方をお手本に教材とするケースが多いのです。二次大戦終結時の対応でも、巧みに自国への被害、自国民への負担は発生せぬように政府が慎重に人選(英米留学出身者のみ)して事にあたらせるなど、アジアにしては珍しいほど用意周到です。
相対する方も米英、日本、マレーシアなど、色々あっても、おおよそタイには悪感情を持ちません。駐留する武官、外交官、民間人もおしなべてタイを嫌う人にも会ったことがありません。このあたりが嫌われる一方の中国、朝鮮などと違うところです。なかなかうまいのですよ。
英国ではアジア各国の中で最も外交に秀でている国と評価されています。
また、タイ側もシンガポールとは感情的な問題を引き起こすこともありますが、特定の国に嫌悪感を強く表すことは希です。
多宗教、多民族、多言語、経済規模も大きくはなく、回りは難しい国が多いにもかかわらず、しかし、うまく外交と国を運営してきていますね。
私は、日本や韓国も、特に外務省関係者は、大いにタイを見習うべきだと思いますが。いかがでしょうか?
「タイの現状と海外から見た日本」
バンコクTELLEKE&GIBBINS 法律事務所上級顧問:西野順治郎氏
私が外務省に入り初めてタイに入りましたのは昭和12年です。その当時世界で独立国は60ケ国位でした。
旧制中学で世界の国名を全部暗記させられましたが、今300以上ある国名を全部云える人は無いと思います。アジア独立国では日本、中国、タイの3ケ国だけでした。タイがどの様にして連綿と独立国を維持出来たかと云う事はタイの人達は非常に愛国心が強く、いくら親しい間柄でもタイの悪口を云うと必ずくってかかると云う、これは上下を問わず国民全体に共通しています。
タイは日本と同じく幕末頃から西洋諸国と付合い始めたのですが、日本では陸奥外相らの努力で廃止された不平等条約が私がタイに赴任した当時まだありました。輸入品に対する関税は3%以上取ってはいけないとか外国人が被告になった時に裁判権が無いとか、そんな中で日本は日露戦争に勝って世界の強国になっている。
タイも見習えと云う事で日本に接近し、留学生を送り勉強して帰って、大臣とか陸軍の将軍にたくさんなりました。昭和10年に支店を開設した三菱商事がタイ海軍から軍艦22隻の建造を受注した事もありました。当時日本は満州進出で世界から非難されて、ついに国連を脱退しました。その時に46ケ国の代表が全部日本を非難決議しましたが、タイは棄権して日本に友好を示しました。
しかしアジアでの戦雲が濃くなって来て日本は仏領インドシナに兵を進めました。日本と英国が戦争を始めたらタイは大変な事になるのでタイは永世中立を宣言しました。そこへ日本が真珠湾を攻撃して同時にタイヘ入って行きました。これはタイを占領するのではなく英領ミャンマーや、シンガポールを攻撃する為の通過地点として上陸した訳です。そして日本大使がタイ政府に平和進駐をさせろと申し入れました。タイ政府は閣議を開いて検討し一部の反対意見がありましたが、日本と今戦っても勝てないのでタイの独立を尊重してもらう事を条件に平和進駐を認めました。日本軍がタイに入ったのでスリランカにある英軍基地からバンコク市内が爆撃されました。
当時日本軍はいたる所で戦果を収めていたのでそれにあこがれて日本と軍事同盟を結んで米国、英国に対して宣戦を布告し日本軍と共にミャンマーに進攻しました。ところが18年以後戦況が悪くなって釆て日本は勝てないだろうと思い、日、タイ同盟を結んだピプン総理をパパイオン総理に変えました。その時日本軍の軍費をタイ政府は借款として4年間で19億バーツ与えました。当時のタイ政府の国家予算が年間3億バーツですから大変な金額です。終戦時16億バーツ残っていまして戦後全額返したのは昭和30年代池田内閣の時です。
しかしタイ政府は表ではこの様に日本軍に協力しながら、戦争に負けた場合を考えて駐アメリカ公使を通じて自由タイ運動(地下抗日運動)を組織して日本軍の動向をアメリカに教えていた為に戦後連合国から厳しい取扱を受けないでいち早く国連に復帰しました。この様にしたたかな外交を駆使して自国を戦場とせず独立を守った訳であります。
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タイは、チュラロンコン王以前にも中国、ビルマ、マレーなどに囲まれ、国境線の維持、王国の独立、国民の安寧の維持には常に腐心してきました。
経済でも、一カ国が突出することを巧みに避けますね。
そのため、アジアをはじめ、東欧、北欧などでも外交官がタイ王国のあり方をお手本に教材とするケースが多いのです。二次大戦終結時の対応でも、巧みに自国への被害、自国民への負担は発生せぬように政府が慎重に人選(英米留学出身者のみ)して事にあたらせるなど、アジアにしては珍しいほど用意周到です。
相対する方も米英、日本、マレーシアなど、色々あっても、おおよそタイには悪感情を持ちません。駐留する武官、外交官、民間人もおしなべてタイを嫌う人にも会ったことがありません。このあたりが嫌われる一方の中国、朝鮮などと違うところです。なかなかうまいのですよ。
英国ではアジア各国の中で最も外交に秀でている国と評価されています。
また、タイ側もシンガポールとは感情的な問題を引き起こすこともありますが、特定の国に嫌悪感を強く表すことは希です。
多宗教、多民族、多言語、経済規模も大きくはなく、回りは難しい国が多いにもかかわらず、しかし、うまく外交と国を運営してきていますね。
私は、日本や韓国も、特に外務省関係者は、大いにタイを見習うべきだと思いますが。いかがでしょうか?
これは メッセージ 3033 (anonebikasisugi さん)への返信です.
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