亡き司馬先生の言葉
投稿者: aishingyoro 投稿日時: 2006/08/31 22:28 投稿番号: [28649 / 85019]
もう亡くなられて10年になる司馬遼太郎先生の「以下、無用のことながら」にある一文がありました。
友人の在日朝鮮人が言ったそうです。
「北朝鮮は日本語を一掃した。」
「日本語って、どんな日本語です?」
「日本製の漢語。」
ここで司馬先生は首をかしげたそうです。つまり、「人民」「民主」「共和」は全て明治時代に日本人が、ヨーロッパの概念を日本語にする時に創り上げた言葉です。
あの国は国名からして日本語です。
中国でも「学堂」を「学校」に、「理学」を「哲学」にしています。
別にだからと言って今の日本人に感謝しろとは言いません。明治時代の日本人は、漢籍についての理解が今の日本人とは隔絶していたものです。
この私達の祖先の苦労がこれらの言葉、たとえば「経済」などになっています。
つまり、漢字を通じた国境を乗り越えた自然な流れだと思います。
ちなみに私は、今の何でもが以来語をそのままカタカナで使うのはどうかと思います。
映画なんて昔の題名の方が好かったですよね。「慕情」「風と共に去りぬ」「昼顔」「真昼の決闘」などなど。
司馬先生は「日本が憎いというの感情はわかるが、本来共用されるべき文明まで拒否することはない」と書かれています。
しかし、と思います。あの人々に司馬先生の真摯な言葉が通じるでしょうか?
司馬先生は大勢の在日韓国人、在日朝鮮人との交友があった方です。
司馬先生の思いはあの人々には残念ながら・・・。
また中華人民共和国の方々にもです。
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