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赤とんぼとアリラン

投稿者: koibitonoirumachikado 投稿日時: 2006/07/04 06:16 投稿番号: [26349 / 85019]
以前に時代を超えて日本人に1番愛されている歌というアンケートがあった。

そのアンケートで常に上位に入る歌、それは「赤とんぼ」。

「夕焼け小焼けの赤とんぼ負われてみたのは何時の日か」「山の畑の桑の実を小篭に摘んだは幻か」「15で姉やは嫁に行きお郷の便りも絶え果てた」。

叙情的な歌詞とともに甘くかつやるせないメロディー、確かに誰が聞いてもジーンとくるものをもっている。

子供時代、夏の終わりに赤とんぼが真っ赤に染まる夕焼けの中を群れをなして飛んでいるのを見ると、「ああもう夏も終わりか、すぐそこまで秋が近付いているんだな」と感傷的になったことを覚えている。

遣り残した宿題のことを考えていたのか、それともまだ夏休みに遊び足りなかったことを残念がったのか、それとも真っ赤な夕陽の中を悠然と飛ぶ赤とんぼに想いを馳せたのか、今となっては余り思い出せない。

翻って、朝鮮半島で時代を超え南北の境界を越えて1番愛唱されている歌は何だろうか?

私はそれは「アリラン」だと思っている。人生をアリラン峠という重く苦しい坂道だと捉え、ただひたすら他人を羨み、人生を呪い、恨みを抱いて生きていく。まさにウリナラ民族の真骨頂発揮というところか。

「アリラン、アリラン、アリラリリョー、アリラン、アリラリ、アリラリリョー」で始まるこの歌はメロディーの重さ息苦しさも相俟って、ただひたすら人生を呪い、恨み一杯の歌詞で埋め尽くされている。

恨み(ハン)こそ人生の全てというウリさんにとり、とても好まれる歌なのだろうが、私は恨みで埋め尽くされたこの歌を余り好まない。

季節の移り行く様を甘く叙情的な歌詞とともに美しいメロディーで清清しく歌っていく「赤とんぼ」、そこには人生に対する恨みとか他人への羨みなど一切ない。ひたすらロマンがあるだけ。

かたや人生に対する恨みが充満された「アリラン」、何と言う大きな違いだろう。

この2つの歌を比較するだけで半島のしつっこくて恨みがましくて執念深い嫌な感性と日本人のささやかな日常の中にほのぼのとした叙情を謳う感性という大きな違いがあるということが見えてくる。

ウリナラが常に口汚く罵る日韓併合などがあろうがなかろうが、彼らの恨み体質から言えば、「白村江の戦い」や「秀吉の朝鮮出兵」などに絡んで日本人を罵り、因縁をつけてくるという状況は変わらなかっただろう。

これらの歴史がなくても自分たちが朝鮮戦争でボロボロになっている間に、漁夫の利を占めた日本人だけが発展したとやはり絡んできたことだろう。

要するに骨の髄までしみこんだ恨み体質が極悪非道の根幹をなしている。

だからこそ、日韓併合の全てが悪だったか、良い統治も行っていたのではないかとか、従軍慰安婦や強制連行などというものは捏造ではないかという冷静かつ客観的なものを観る眼など100万年経っても無理な話だろう。

極めて厄介なこの隣人に対処するためには、人質と領土問題の解決さえできればなるべく交流しないことがベストだと思われる。

私は日本から焼肉や、パチンコヤ、ヤクザ、裏社会で暗躍する連中、麻薬覚醒剤の密売人、拉致請負人などが消滅しても一向に構わない(無いほうが良いものは沢山あるようだが)。

在日全てを追い出せとまでは主張しないが悪徳の栄えを謳歌している連中は半島に追い返したいという気持ちは強くもっている。

ああ、この厄介なウリナラたち、どうしてこうも売国メディアのマスゴミや売国政治家は彼らに甘いのか?実に嫌になる。
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