日経のコラムより
投稿者: syunuzuki2 投稿日時: 2006/05/08 16:57 投稿番号: [24350 / 85019]
勉強はできるのに、親しい友達がなく、昼の休みには校庭の隅にある鉄棒に一人ぶらさがって時間をつぶす。自分に悪いところはない、遊ぼうとしない級友が悪いんだ、とつぶやく。
日本は孤立している。正確には日本という国家がアジアの中で孤立してしまっているというべきか。今のような状況を名誉ある孤立のごとく唱えるナショナリズムの台頭がみられる。深刻なのは孤立状態にあることは認めつつも、だからどうだというのだ、と居直る風潮が出てきたことだ。
〜中略〜
ブッシュ政権が期待したのは、極東アジアのことは日本にまかせておけば安心、というような役割分担であった。日本がその責務を果たしてくれれば、米国は中東など他の地域に集中できる。ところが日本はトラブルシューター(紛争の調停役)どころかトラブルメーカー(問題児)になってしまっている。
〜中略〜
小渕恵三首相のときに発表された「二十一世紀日本の構想」(河合隼雄座長)である。この中の「世界に生きる日本」に書いてあることは今の日本にもっとも必要なことである。とくに中国、韓国との関係についての提言は傾聴に値する。
「日本と韓国・中国との関係は、単に外交と言う名で呼ぶには足りない。その関係は外交と呼ぶにはあまりにも深く、にもかかわらず、十分に深まっているとはいえない。外交的な努力だけではつかみきれないものをすくいとり、深みのある関係を築く営みが必要であるそういう営みを『隣交』と呼ぶことにしたい」
戦後の長い間の官民合わせた地道な努力の積み重ねも、現状では水の泡に終わってしまう恐れがある。外交の極致は「道徳的優位性」にあるという。すなわち、あの国やあの国の人々の立派さにはとてもかなわない、と相手の国の人々が思うような外交、国のあり方が最高なのだ。いまの日本はその逆である。こちらに非はない、悪いのは国内政治上の戦略で日本を悪者にしている相手の国だ、とうそぶいている。
首相の靖国神社参拝がなくなったとしても、中韓両国との関係は急速には回復しないというのはその通りだろう。次から次へと靖国に代わる難問を突きつけてくるというのも、その通かもしれない。しかしながら、だからといって腕組みしているだけでは何も解決しない。歴史認識や靖国問題にさほど関心のないアジア各国の一般の人々に日本に対する不信の輪を広げるだけだ。
〜中略〜
われわれは引っ越すことができない。いつまでも隣の国と付き合っていかなければならない。そればかりか、いい関係を築いていかなければ生きていけないほど深い関係にある。政治指導者の「心の問題」でトップ同士の会談が行われないでいるというような不正常な状態を放置しておくわけにはいかない。
日米同盟を堅牢なものにするには、東アジア地域での関係を良くすることなのだ。アジアで日本がどう生きるかは、秋の自民党総裁選の争点などという矮小なものではない。百年後の日本を決めるテーマなのである。
(日経客員コラムニスト・早稲田大学大学院教授 田勢 康弘)
本日日経朝刊 核心 より抜粋
突っ込みどころ満載だが、気になったのが、初めに「アジアで孤立している」と書いておきながら、後半で「歴史認識や靖国問題にさほど関心のないアジア各国の一般の人々」(じゃあどういう理由でアジアで日本は孤立してんのよ?)と言っている矛盾にコラムニストという文を書くプロが気付かないのだろうか。
日本は孤立している。正確には日本という国家がアジアの中で孤立してしまっているというべきか。今のような状況を名誉ある孤立のごとく唱えるナショナリズムの台頭がみられる。深刻なのは孤立状態にあることは認めつつも、だからどうだというのだ、と居直る風潮が出てきたことだ。
〜中略〜
ブッシュ政権が期待したのは、極東アジアのことは日本にまかせておけば安心、というような役割分担であった。日本がその責務を果たしてくれれば、米国は中東など他の地域に集中できる。ところが日本はトラブルシューター(紛争の調停役)どころかトラブルメーカー(問題児)になってしまっている。
〜中略〜
小渕恵三首相のときに発表された「二十一世紀日本の構想」(河合隼雄座長)である。この中の「世界に生きる日本」に書いてあることは今の日本にもっとも必要なことである。とくに中国、韓国との関係についての提言は傾聴に値する。
「日本と韓国・中国との関係は、単に外交と言う名で呼ぶには足りない。その関係は外交と呼ぶにはあまりにも深く、にもかかわらず、十分に深まっているとはいえない。外交的な努力だけではつかみきれないものをすくいとり、深みのある関係を築く営みが必要であるそういう営みを『隣交』と呼ぶことにしたい」
戦後の長い間の官民合わせた地道な努力の積み重ねも、現状では水の泡に終わってしまう恐れがある。外交の極致は「道徳的優位性」にあるという。すなわち、あの国やあの国の人々の立派さにはとてもかなわない、と相手の国の人々が思うような外交、国のあり方が最高なのだ。いまの日本はその逆である。こちらに非はない、悪いのは国内政治上の戦略で日本を悪者にしている相手の国だ、とうそぶいている。
首相の靖国神社参拝がなくなったとしても、中韓両国との関係は急速には回復しないというのはその通りだろう。次から次へと靖国に代わる難問を突きつけてくるというのも、その通かもしれない。しかしながら、だからといって腕組みしているだけでは何も解決しない。歴史認識や靖国問題にさほど関心のないアジア各国の一般の人々に日本に対する不信の輪を広げるだけだ。
〜中略〜
われわれは引っ越すことができない。いつまでも隣の国と付き合っていかなければならない。そればかりか、いい関係を築いていかなければ生きていけないほど深い関係にある。政治指導者の「心の問題」でトップ同士の会談が行われないでいるというような不正常な状態を放置しておくわけにはいかない。
日米同盟を堅牢なものにするには、東アジア地域での関係を良くすることなのだ。アジアで日本がどう生きるかは、秋の自民党総裁選の争点などという矮小なものではない。百年後の日本を決めるテーマなのである。
(日経客員コラムニスト・早稲田大学大学院教授 田勢 康弘)
本日日経朝刊 核心 より抜粋
突っ込みどころ満載だが、気になったのが、初めに「アジアで孤立している」と書いておきながら、後半で「歴史認識や靖国問題にさほど関心のないアジア各国の一般の人々」(じゃあどういう理由でアジアで日本は孤立してんのよ?)と言っている矛盾にコラムニストという文を書くプロが気付かないのだろうか。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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