不具者の理論
投稿者: chonmage_johney 投稿日時: 2006/01/27 14:31 投稿番号: [20130 / 85019]
過失を一度も犯さなかったという人がいればお目にかかりたいものだ。
人は誰でも間違いを犯します。しかし、その間違いがその人間をその人間たらしめているというのは否定できない事実であり、そこに深い愛情を感じずにはいられないはずです。例えるならば、自らの不注意で不具にした子供に対し、親が注ぐそれと同じだ。そして、その理屈は国家にも当てはまるであろう。
しかし、現在の韓国は、不具の子を葬り、新しい子を産めばそれで良く、かつまたそれが可能であるという重大な思い違いを犯してきているように見受けられます。そうやって産み落とされた子の方が程度の重い不具なのは言うまでもありませんが、始末の悪いことに、その子には不具という自覚がまるっきりない。民族的な属性といえばそれまでだが、これが、今現在抱えている問題、もっと言えば病的思考の根底にあるのではなかろうか。
戦後の日本も上記の理屈を駆使し、国家や文化の連続性を分断しようと、進歩的文化人が躍起になってきました。その傷跡はそこかしこに見られます。しかし、例の三国の馬鹿騒ぎというアシスト付きながらも、ようやく、このままではいけない。より深い愛情を注がねばという雰囲気が国民の間で色濃く噴出してきたのである。もっとも、過保護は問題なのだが。
それにしても、このトピの韓国人の主張は、見れば見るほど我が国の言論界を牛耳った進歩的文化人のそれと重なって見えるのは私だけだろうか。
詳細は省くものの、韓国人に敢えて忠告する。彼らほど無責任な存在はないと。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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