「破壊と蔑みの文化」
投稿者: eucalyptus_twig 投稿日時: 2006/01/06 23:14 投稿番号: [19235 / 85019]
「もったいない文化」と「破壊の文化」の差は余りにも大きい。
どんなに古い物でも全部棄ててしまうのは「もったいない」
良い部分は残し、無駄をそぎ落し、必要なら最新の物を融合させ
現時代風にアレンジし、昇華させて行く。
外国の物、敵対する国の物でも良いものは良い。
良いものを受入れないのは「もったいない」
多少使いにくいのなら、工夫して使いやすくて、より良いものに変えて行く。
突き詰めた結果オリジナルを凌駕してしまう。
優れた良いものをたくさん持っている人を一つの欠点で抹殺してしまうのは「もったいない」
適材適所、だから人「材」も生き返る。
破壊と蔑みの文化の地で何かを生み出そうという意欲は生まれない
「どうせ時代、世代が変わるたびに破壊してしまうのだから」
歴史も伝統も育つわけがない。
起源や発祥に意義があるとすれば
それを生み出した人々を誇りに思い、原点を受け継ぎ、守り続けることにある。
多くの日本文化の原形が、半島を「経由」して日本にもたらされた事は確かでしょうし
それらが「一時期」経由地である半島の文化
にも「なりかけた」時期もあったのかもしれない。
破壊しつくし、守ることを放棄した人々に、起源や発祥を語る資格は無い。
日本人が大切に育み、昇華させたものを韓国人が自分達のものだと主張するなら
「韓国人はどろぼー以下」
哀れみ
と
卑しさ
しか感じない。
少なくともどろぼーは、身体をはって盗みに来るのだから。。。
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