日東壮遊歌
投稿者: gogai3000 投稿日時: 2005/12/04 13:13 投稿番号: [18481 / 85019]
とは1764年に来日した通信使:金仁謙の書いた日本見聞録。何処は現在の韓国人の言うことと似ている。
摂津大坂(大阪)を見た時の記録
三神山の金?銀台とは、まことのこの地のことであろう。
人家が堀や軒をつらね、その賑わいの程は、わが国の鍾絽(漢城の繁華街)の万倍も上である。北京を見たという訳官が、一行に加わっているが、かの中原の壮麗さもこの地には及ばないという。我が国の都城の内は
東から西にいたるまで一里には及ばない 。
富貴な宰相らでも100間をもつ邸を建てることは御法度 屋根を全て瓦葺にしていることに感心しているのに 大したものよ倭人らは
1000間もある邸を建て 中でも富豪の輩は
銅を以って屋根を葺き 黄金を以って家を飾り立てている
その奢侈は異常なほどだ
穢れた愚かな血を持つ
獣のような人間が 世の興亡と関わりなく
ひとつの姓を伝えて来て 人民を次第に増え
このように富み栄えているが 知らぬは天ばかりなり
嘆くべし恨むべしである
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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