Re: 面白い記事、二つ。
投稿者: yajiuma_kitinosuke 投稿日時: 2005/11/05 19:55 投稿番号: [17937 / 85019]
すばらしい!
こんなしっかりとした視点の意見を持った韓国人もいたのか!
『苦難の韓国民衆史』(咸錫憲著)」
同胞韓国人は嘘つきばかりである。私はそのことが恥かしく、情けない。
「韓国は独力で近代化を成し遂げた」って。馬鹿を云うな。
韓国の近代化は日本の莫大な資本と人材の投与によって成し遂げられたものである。
「韓国は日本の統治に抵抗をもって対抗した」だって。馬鹿馬鹿しい。
同胞韓国人はロバのように日本の統治を甘受したのが実態だ。ごくごく一部の 抵抗はあったが上から下までみんな日本にあこがれ、日本人になろうとしたのだ。
「韓国が独立したのは韓国の手によるものだ」にいたっては呆れてものも言えない。
誰も日本からの独立など望んでいなかったのにアメリカに強制的に独立させられたというのが真実だ。
「漢河の奇蹟」だって!笑わせる。
日本から賠償金という名目で莫大な経済援助と技術援助で成し遂げられたものだ。
これだけお膳立てしてもらえばどんな未開民族でも経済成長するだろうよ。
「日本文化の祖が韓国」とは恐れ入る。
一体、併合前の朝鮮半島のどこに「文化」なるものがあったのか。
併合前、我々先祖は乞食同然の生活をしていたではないか。
現在の韓国の姿、まさに他人により作られた砂の楼閣だ。
虚飾と偽善と歪曲とおごりに満ち満ちている、真似と依存と歪曲が全てである。
このような韓国の本質を知らず「韓国こそ世界一」などとほらを吹いて自己満足している本国、在日の韓国人は正気の沙汰ではない。
これが恥でなくてなんであろうか。
考えてみると、われわれは苦労するためにこの世に生まれてきたようなものだ。
四千年を越す歴史で今日まで太平の世を知らない。はるか古代はいざ知らず、 三国時代以後は文字どおり一日も安らかな日がなかった。試みに三国時代以後の戦争の回数をみると百を越える。内乱を除いて資料に残る他民族の侵入だけでも 五、六十回に達し、その中で全国的におよんだものが三十回にもなる。そしてそのすべての戦争が、高句麗が戦ったいくつかを除いて、みなわが領土内で 行なわれたし、最初から最後まで防戦であった。敗けた戦いである。
昔から城下の誓いは恥だといわれる。戦いをし講和条約を結ぶなら
よその地に行って結ぶべきで、わが城の中で結ぶなら敗けたのは明らかだ。
外国軍の占領下で条約を結ぶというのは、弱点を握られていることではないか。
恥ずかしいことだがわが国の歴史をみると、城下の誓いでないものは一つもない。
ところで、この場合われわれが考えなければならないことは、わが民族には文化を 破壊する習性が強いということだ。戦争によって偶然にあるいはやむを得ず失われることもあろうが、いちど局面が変わると、以前のものは余すところなくばっさりとな くしてしまおうとする習性がある。
慶州に行けば太宗[新羅]武烈王碑というのがある。支石と題字の部分は残っているが、肝心の碑文はなくなっている。のちの高麗朝にいたってわざと消したのである。その ような例は他にもある。伝わる話しによると、金富軾(キム・ブシク)は『三国史記』を書き終わったあと、参考にした古い記録をすっかりなくさせたという。それで、わが 国本来の精神、思想のおもかげは失われてしまった。金富軾はもともと中国崇拝主義者であったので、彼の目には、わが国の古くからの言い伝えや考えがみな俗っぽいものにしか映らなかったのだろう。それで、こういうものを恥と思って全部を漢文式に直してしまい、古くから伝わるものをことごとくなくさせた。
こんなしっかりとした視点の意見を持った韓国人もいたのか!
『苦難の韓国民衆史』(咸錫憲著)」
同胞韓国人は嘘つきばかりである。私はそのことが恥かしく、情けない。
「韓国は独力で近代化を成し遂げた」って。馬鹿を云うな。
韓国の近代化は日本の莫大な資本と人材の投与によって成し遂げられたものである。
「韓国は日本の統治に抵抗をもって対抗した」だって。馬鹿馬鹿しい。
同胞韓国人はロバのように日本の統治を甘受したのが実態だ。ごくごく一部の 抵抗はあったが上から下までみんな日本にあこがれ、日本人になろうとしたのだ。
「韓国が独立したのは韓国の手によるものだ」にいたっては呆れてものも言えない。
誰も日本からの独立など望んでいなかったのにアメリカに強制的に独立させられたというのが真実だ。
「漢河の奇蹟」だって!笑わせる。
日本から賠償金という名目で莫大な経済援助と技術援助で成し遂げられたものだ。
これだけお膳立てしてもらえばどんな未開民族でも経済成長するだろうよ。
「日本文化の祖が韓国」とは恐れ入る。
一体、併合前の朝鮮半島のどこに「文化」なるものがあったのか。
併合前、我々先祖は乞食同然の生活をしていたではないか。
現在の韓国の姿、まさに他人により作られた砂の楼閣だ。
虚飾と偽善と歪曲とおごりに満ち満ちている、真似と依存と歪曲が全てである。
このような韓国の本質を知らず「韓国こそ世界一」などとほらを吹いて自己満足している本国、在日の韓国人は正気の沙汰ではない。
これが恥でなくてなんであろうか。
考えてみると、われわれは苦労するためにこの世に生まれてきたようなものだ。
四千年を越す歴史で今日まで太平の世を知らない。はるか古代はいざ知らず、 三国時代以後は文字どおり一日も安らかな日がなかった。試みに三国時代以後の戦争の回数をみると百を越える。内乱を除いて資料に残る他民族の侵入だけでも 五、六十回に達し、その中で全国的におよんだものが三十回にもなる。そしてそのすべての戦争が、高句麗が戦ったいくつかを除いて、みなわが領土内で 行なわれたし、最初から最後まで防戦であった。敗けた戦いである。
昔から城下の誓いは恥だといわれる。戦いをし講和条約を結ぶなら
よその地に行って結ぶべきで、わが城の中で結ぶなら敗けたのは明らかだ。
外国軍の占領下で条約を結ぶというのは、弱点を握られていることではないか。
恥ずかしいことだがわが国の歴史をみると、城下の誓いでないものは一つもない。
ところで、この場合われわれが考えなければならないことは、わが民族には文化を 破壊する習性が強いということだ。戦争によって偶然にあるいはやむを得ず失われることもあろうが、いちど局面が変わると、以前のものは余すところなくばっさりとな くしてしまおうとする習性がある。
慶州に行けば太宗[新羅]武烈王碑というのがある。支石と題字の部分は残っているが、肝心の碑文はなくなっている。のちの高麗朝にいたってわざと消したのである。その ような例は他にもある。伝わる話しによると、金富軾(キム・ブシク)は『三国史記』を書き終わったあと、参考にした古い記録をすっかりなくさせたという。それで、わが 国本来の精神、思想のおもかげは失われてしまった。金富軾はもともと中国崇拝主義者であったので、彼の目には、わが国の古くからの言い伝えや考えがみな俗っぽいものにしか映らなかったのだろう。それで、こういうものを恥と思って全部を漢文式に直してしまい、古くから伝わるものをことごとくなくさせた。
これは メッセージ 17915 (thinsocrates さん)への返信です.
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