「宗教的活動」?
投稿者: eucalyptus_twig 投稿日時: 2005/10/19 14:58 投稿番号: [17649 / 85019]
憲法1条
「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって主権の存する日本国民の総意に基づく」
その天皇は、「神道における最高祭祀者」にある事はまぎれも無い事実であり
であるならば、神道そのものも「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるとも言え
憲法条文に記される「宗教」にはあたらない、と解釈する事もできるのでは無いでしょうか。
この場合、宗教的観点での憲法的判断そのものが不要であり、成り立たない事になります。
天皇が行う国事行為の規定として7条10項では
国民の為に「儀式を行ふこと。」
とあり、天皇が行う神道的祭祀や、その他もろもろの行事は
憲法により認められているところであり、これもまた「国民の為に行う儀式」であり
「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるとも言えます。
そして、天皇は靖国神社御親拝に関しては、反対する「ごく一部の国」や「一部の世論」に『配慮』するかたちで
判断され(ていると私は感じていますが)、御親拝はされませんが、「代行としての勅使を送っている」事も、事実であり、
この行為も、憲法により定め、認められた、国民の為に行う「儀式」であるとも言えます。
であるならば、「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」たる神道祭祀の場である神社での
小泉首相や国会議員の参拝行為は、
20条3項における「宗教的活動」にはあたらず、
私人であれ、公人であれ、一個人による「天皇の意向に沿う習俗的慣例行事」
である、ということも言えるような気がします。
そもそも、神社に参拝する事は、日本人にとって「宗教的活動」なのでしょうか?
靖国参拝が「宗教的活動」ではなく、個人による「習俗的慣例行事」であるなら
国内的には、憲法判断を仰ぐことは不要であり、
外交的には、靖国参拝に対する干渉は、日本国憲法そのものに対する明らかに「重大な内政干渉」とも言えます。
残る問題はただ一つ、日中韓の国民の、『心の問題「のみ」』では無いでしょうか。
中国、韓国政府は国民の心の問題を、明らかに国内政治や外交カードとして利用しようとしている。
「国民の心が傷つく」といいながら「国民の心が傷つく」ような教育をし、世論を誘導している。
これではいくら説明しても、理解を得る事は永久に不可能であり、無駄であるとも思えます。
それでも説明し続けなければいけないのでしょうね、日本としては粛々と慰霊を続けながら。。。
うまく纏まりませんが、これもまた、どしろうと一個人の「ちょっと拡大した解釈」(ただのへりくつ?)のひとつです。
その天皇は、「神道における最高祭祀者」にある事はまぎれも無い事実であり
であるならば、神道そのものも「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるとも言え
憲法条文に記される「宗教」にはあたらない、と解釈する事もできるのでは無いでしょうか。
この場合、宗教的観点での憲法的判断そのものが不要であり、成り立たない事になります。
天皇が行う国事行為の規定として7条10項では
国民の為に「儀式を行ふこと。」
とあり、天皇が行う神道的祭祀や、その他もろもろの行事は
憲法により認められているところであり、これもまた「国民の為に行う儀式」であり
「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるとも言えます。
そして、天皇は靖国神社御親拝に関しては、反対する「ごく一部の国」や「一部の世論」に『配慮』するかたちで
判断され(ていると私は感じていますが)、御親拝はされませんが、「代行としての勅使を送っている」事も、事実であり、
この行為も、憲法により定め、認められた、国民の為に行う「儀式」であるとも言えます。
であるならば、「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」たる神道祭祀の場である神社での
小泉首相や国会議員の参拝行為は、
20条3項における「宗教的活動」にはあたらず、
私人であれ、公人であれ、一個人による「天皇の意向に沿う習俗的慣例行事」
である、ということも言えるような気がします。
そもそも、神社に参拝する事は、日本人にとって「宗教的活動」なのでしょうか?
靖国参拝が「宗教的活動」ではなく、個人による「習俗的慣例行事」であるなら
国内的には、憲法判断を仰ぐことは不要であり、
外交的には、靖国参拝に対する干渉は、日本国憲法そのものに対する明らかに「重大な内政干渉」とも言えます。
残る問題はただ一つ、日中韓の国民の、『心の問題「のみ」』では無いでしょうか。
中国、韓国政府は国民の心の問題を、明らかに国内政治や外交カードとして利用しようとしている。
「国民の心が傷つく」といいながら「国民の心が傷つく」ような教育をし、世論を誘導している。
これではいくら説明しても、理解を得る事は永久に不可能であり、無駄であるとも思えます。
それでも説明し続けなければいけないのでしょうね、日本としては粛々と慰霊を続けながら。。。
うまく纏まりませんが、これもまた、どしろうと一個人の「ちょっと拡大した解釈」(ただのへりくつ?)のひとつです。
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