自分宛ではないが
投稿者: koibitonoirumachikado 投稿日時: 2005/08/10 13:13 投稿番号: [15000 / 85019]
わたしが最初に韓国へ行ったのは、朴政権末期の78年でした。
ある筋の紹介でKCIAのアテンドを受けました。
<
・・・始めまして、私が最初に行った(最初で最後)のも丁度その頃でした。当時、まだ学生だった私は古代史研究会というところに所属していました。
今の韓流ブームとは違う形で「日本古代史の源流は朝鮮半島にあり」、「日本人のルーツは朝鮮半島」、「韓国の慶州こそ奈良時代・平安時代文化の原点」という一種の朝鮮半島ブームがありましてね。
まあ、例によって在日と反日マスコミの仕掛けた罠だったのでしょうが、まんまと引っかかりまして、始めての海外旅行先を韓国にするというミスを犯してしまったのです。
>まだ、夜間外出禁止令があり、町には漢字の看板がけっこうありましたよ。<
・・・本当に夜間外出禁止令があって12時を過ぎるとそのような街頭放送があったような(サイレンか?)記憶があります。漢字の看板は確かに見かけました。
>プラスチック工業をみに行ったのですが、汚い民家のような工場で、日本からの
中古金型を使いキムチをいれる容器を作ってました。
女性たちの中に、子供も大勢まじって、木バサミやナイフでバリ取り(縁のギザを取り除く)を
やっていたのに驚き、且つ、日本との技術格差を良く認識しました。
<
・・・私は、学生だったので工場のようなところには行きませんでした。
日本古代史のルーツと自称していた慶州を訪問すると、あたり一面何もない原っぱのようなところに古墳と称する土饅頭のようなつまらないものが2つ、3つ。
続いて「慶州国立博物館」というところに行くと、プレハブの掘っ立て小屋みたいなぼろぼろの建物だったので、これが国立博物館かと唖然とした記憶があります。もちろん、中にも見るべき収蔵品などなく二重に愕然としました。
次いで名刹と自称する「仏国寺」なるところに行くと寺の坊主兼ガイドに「以前豊臣秀吉の軍隊がここを攻めあたり一面焼け野原にし、大勢の韓国人を虐殺した」と500年も前の歴史まで持ち出し取り囲まれたときは、ただの観光客でしかに善意の人間にこのような非礼なことをするのに心底腹が立ち「では、蒙古襲来のときにあなたがたのご先祖は対馬住民を皆殺しにしたのだが」とやむなく800年前の元寇を当方も持ち出さざるを得ませんでした。
もちろん自分勝手な韓国人坊主は自分たちに都合の悪い歴史など一切無視です。
>送り込まれたのが南山(ナムサン)の頂上にあるホテル。 新しいホテルなのに、ドア・ノブがガタガタ。
良くみると、建てつけが悪く、ドアの上下に隙間が有った!
エレベーターボーイが何やら「女はドウカ?」と言うのを振り切り部屋に戻ると、
日本語の達者なルームメード風のおばさんが美女を二人つれてきて
「どちらでもお好きな方を、二人でもいい」と言ったのにびっくり(むろん、No Thank You)。
ソウループサン高速道路で行ったプサンのホテルでもK国特産品の売り込みは強烈でしたよ(笑)。
<
・・・私は貧乏学生だったので(学生は卒業したが現在でも貧乏は卒業していません)、高級ホテルなどは無縁。
専ら安宿の民宿を中心にドサ回り。美人のお姉さんは皆都会に行ってしまったのかと思うくらいに地方は美人と無縁の世界。
安宿の民宿では、世の中にこれほど個性的で特徴的で印象的なオバサンがいたのかと思うくらいにまず日本では見たこともないような個性的なオバサンの女将ぞろい。
どれくらい個性的で特徴的かというと、毎日が真夏の遊園地状態(常設のびっくりハウスかお化け屋敷ということです)。
足だけは確かに日本人女性より細いが、異常に盛り上がった上半身、全体が火ぶくれか霜焼け状態かと思うくらいに異常に膨れ上がったゴツゴツの顔・・・民宿の女将の顔を見ると、いやー、毎日がスリルとサスペンスでした。
>こんな経験からすると、例の「従軍云々」は まさにデッチ上げと思いますよ。 なんたって、
K国の特産品ですからね。<
・・・こういう経験はないが禿同です。
他にも日本人というだけで因縁をつけたり嫌がらせをしたり、何倍もの値段で物を売りつけたり、しかも日本人には何をしても構わないのだと開き直る極悪の民たち、結局良い思いでや経験は何1つなく今日に至るまで二度とあの国の土を踏むことはない。
これからも一生この国には関わりたくない、そんな印象です。
ある筋の紹介でKCIAのアテンドを受けました。
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・・・始めまして、私が最初に行った(最初で最後)のも丁度その頃でした。当時、まだ学生だった私は古代史研究会というところに所属していました。
今の韓流ブームとは違う形で「日本古代史の源流は朝鮮半島にあり」、「日本人のルーツは朝鮮半島」、「韓国の慶州こそ奈良時代・平安時代文化の原点」という一種の朝鮮半島ブームがありましてね。
まあ、例によって在日と反日マスコミの仕掛けた罠だったのでしょうが、まんまと引っかかりまして、始めての海外旅行先を韓国にするというミスを犯してしまったのです。
>まだ、夜間外出禁止令があり、町には漢字の看板がけっこうありましたよ。<
・・・本当に夜間外出禁止令があって12時を過ぎるとそのような街頭放送があったような(サイレンか?)記憶があります。漢字の看板は確かに見かけました。
>プラスチック工業をみに行ったのですが、汚い民家のような工場で、日本からの
中古金型を使いキムチをいれる容器を作ってました。
女性たちの中に、子供も大勢まじって、木バサミやナイフでバリ取り(縁のギザを取り除く)を
やっていたのに驚き、且つ、日本との技術格差を良く認識しました。
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・・・私は、学生だったので工場のようなところには行きませんでした。
日本古代史のルーツと自称していた慶州を訪問すると、あたり一面何もない原っぱのようなところに古墳と称する土饅頭のようなつまらないものが2つ、3つ。
続いて「慶州国立博物館」というところに行くと、プレハブの掘っ立て小屋みたいなぼろぼろの建物だったので、これが国立博物館かと唖然とした記憶があります。もちろん、中にも見るべき収蔵品などなく二重に愕然としました。
次いで名刹と自称する「仏国寺」なるところに行くと寺の坊主兼ガイドに「以前豊臣秀吉の軍隊がここを攻めあたり一面焼け野原にし、大勢の韓国人を虐殺した」と500年も前の歴史まで持ち出し取り囲まれたときは、ただの観光客でしかに善意の人間にこのような非礼なことをするのに心底腹が立ち「では、蒙古襲来のときにあなたがたのご先祖は対馬住民を皆殺しにしたのだが」とやむなく800年前の元寇を当方も持ち出さざるを得ませんでした。
もちろん自分勝手な韓国人坊主は自分たちに都合の悪い歴史など一切無視です。
>送り込まれたのが南山(ナムサン)の頂上にあるホテル。 新しいホテルなのに、ドア・ノブがガタガタ。
良くみると、建てつけが悪く、ドアの上下に隙間が有った!
エレベーターボーイが何やら「女はドウカ?」と言うのを振り切り部屋に戻ると、
日本語の達者なルームメード風のおばさんが美女を二人つれてきて
「どちらでもお好きな方を、二人でもいい」と言ったのにびっくり(むろん、No Thank You)。
ソウループサン高速道路で行ったプサンのホテルでもK国特産品の売り込みは強烈でしたよ(笑)。
<
・・・私は貧乏学生だったので(学生は卒業したが現在でも貧乏は卒業していません)、高級ホテルなどは無縁。
専ら安宿の民宿を中心にドサ回り。美人のお姉さんは皆都会に行ってしまったのかと思うくらいに地方は美人と無縁の世界。
安宿の民宿では、世の中にこれほど個性的で特徴的で印象的なオバサンがいたのかと思うくらいにまず日本では見たこともないような個性的なオバサンの女将ぞろい。
どれくらい個性的で特徴的かというと、毎日が真夏の遊園地状態(常設のびっくりハウスかお化け屋敷ということです)。
足だけは確かに日本人女性より細いが、異常に盛り上がった上半身、全体が火ぶくれか霜焼け状態かと思うくらいに異常に膨れ上がったゴツゴツの顔・・・民宿の女将の顔を見ると、いやー、毎日がスリルとサスペンスでした。
>こんな経験からすると、例の「従軍云々」は まさにデッチ上げと思いますよ。 なんたって、
K国の特産品ですからね。<
・・・こういう経験はないが禿同です。
他にも日本人というだけで因縁をつけたり嫌がらせをしたり、何倍もの値段で物を売りつけたり、しかも日本人には何をしても構わないのだと開き直る極悪の民たち、結局良い思いでや経験は何1つなく今日に至るまで二度とあの国の土を踏むことはない。
これからも一生この国には関わりたくない、そんな印象です。
これは メッセージ 14990 (specialoffer5 さん)への返信です.
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