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キリスト教と朝鮮

投稿者: nazeda1777 投稿日時: 2005/07/29 21:55 投稿番号: [14737 / 85019]
以下、“アメリカ大っっ嫌い”金完燮氏の著作からの抜粋(一部要約)ですので、米国人宣教師に関する記述に関しては、その旨、ご勘案下さい。

『朝鮮に伝えられた最初のキリスト教はローマカトリックで、清国から入ってきた書物により拡散。その後、フランス人宣教師たちにより本格的に教勢を拡大するが、1866年に大院君による弾圧でフランス人神父九人と信徒八千人が虐殺される(当時、ローマカトリックの信徒は二万人なので、およそ四割)。』

これが原因となり、朝仏戦争が勃発。民衆の間に「十字架を首に下げていれば、白人に殺されない」という噂が流れ、俄か信者が増えたという話を聞いたことがあります。(真偽不明)

『その後、ローマカトリックの教勢は低下していくが、1880年代からプロテスタントの米国宣教師が大挙して朝鮮に進出。彼らは教団の安定した財政支援をバックに、学校や病院などを設立し、これを土台に教勢を拡大した。
米国人宣教師たちは当初、日本に友好的だったが、第一次世界大戦後に日本が強国として台頭し、次第に米国と衝突するようになると、反日勢力に変わっていった。そして、自分たちの設立した学校や病院、教会などで朝鮮人にウィルソンの民族自決主義を語り、日本からの分離独立をあおり始めた。この点で米国人宣教師たちの責任は非常に重い。彼らは民族自決を唆すことで、朝鮮民衆の支持を得たのである。
朝鮮のキリスト教は、布教が許可されてわずか四十数年で急激に勢力を拡大した。彼らは中国でも教勢を広げ、反日運動を唆していた。
韓国で「朝鮮のジャンヌダルク」と崇められている柳寛順(三一独立運動の象徴)は、当時、梨花学堂(米国系ミッションスクール)高等科の生徒だったが、故郷に戻って大規模な反日暴動を主導した。柳寛順の年齢(当時17歳)や寄宿舎生活という閉ざされた環境を考えると、彼女が学校で受けていた反日教育がどれほど強力であったかが推し量れる。』

依存心の強い民族性、平和とは無縁のウリナラ半万年を鑑みると、朝鮮人と宗教は切り離せないかもしれませんね。
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