「A級戦犯」
投稿者: eucalyptus_twig 投稿日時: 2005/06/18 23:57 投稿番号: [13333 / 85019]
と言われているからこそ拝さねばならない
私事ですが、私の父は若い頃(私が子供だった頃)から、どちらかと言うと
完全な無神論者のように見えました
「神も仏もまったく気にせず」、という感じです。
そんな父も最近めっきり年老いてしまい、当然ながら若かった頃の気丈さは見る陰も無くなってしまいました。
数年前そんな父の口から「祟り」という言葉を聞き、耳を疑いました
まさか父の口から、と思っていましたから。。。
私はそんなところに父の日本人としての深層心理を見た気がしました。
何故太宰府に、宇佐に、出雲に、あれ程の寺社を『建てなければ「ならなかった」』のか
又、丹後の一地方神をなぜ伊勢に祀らねばならなかったか
それは無宗教とも言われる日本人の心の中に、人智を超えた存在、鬼や神「祟り」「畏れ」という観念が
備わっているからのように思います。
「出雲は祟る」と古代人は考えていたからこそ、当時世界一の木造建築を莫大な予算を投じ
国家プロジェクトとして建てざるおえなかったようです。
なぜそれほど畏れたか、神話上ではあくまでも出雲の国譲りとして、平和理な和合とされていますが
おそらくは日本の統治権、祭祀権をめぐる血で血を洗う壮絶な戦いがあったのではないか
国譲りなどという生易しい物では無く、天孫族が強引に権力を取り上げてしまった。
不条理に非業の死を遂げれば遂げる程、強大に祟り災いを起こす、と。。。
古代人は地震や台風、火山の噴火や疫病などは、すべて神の怒りと感じていた様ですし、
祭祀王である、天皇に全責任を問うたと聞きます。
かなりそれてしまいましたが
何が言いたいかというと、A級として全責任を負い、刑を受け入れた
不条理な非業の死を遂げ、且つ力のある人物だからこそ、丁重に祀らねばならないのでは無いか
祀りかたによっては、鬼にもなり神にもなる
丁重に祀る事によってその強大な力で、日本を守ってくれるのではないか、と。。。
(私はあくまでも平和へ導いてくれる、と解釈しています)
現代の日本人の深層にも「畏れ」というものがしっかりと受け継がれている様に思えてなりません。
以前「朝なま」で、靖国問題は唯一、理論的に説得出来ない問題だと結論付けていましたが
そのとうりだと思います。日本人の心の問題ですから。
死生感や思想、宗教感が異なる以上、他国に理解してもらうのはむづかしいとは思いますが
説明する作業に力を惜しんではいけないと思います、
しかし
相手国も、政治、外交のカードとして利用する事(偏った教育で不要に煽り立てるような事を含め)は
やめなければいけない。
お互いの努力、歩みよりとは、こういう事のように思います。
「全く説明の必要が無い」と言ってしまえばそれまでですが。
結論としては、中国、韓国に理解してもらうのは現状では絶望的だと考えざるを得ないですが。。。
いつもながら私事を含めた独断で書きました。
あくまでも日本人の総意を代表している訳ではありません。(他国の方、誤解なき様)
突っ込み所満載と思いますが、お手柔らかに。。。
私事ですが、私の父は若い頃(私が子供だった頃)から、どちらかと言うと
完全な無神論者のように見えました
「神も仏もまったく気にせず」、という感じです。
そんな父も最近めっきり年老いてしまい、当然ながら若かった頃の気丈さは見る陰も無くなってしまいました。
数年前そんな父の口から「祟り」という言葉を聞き、耳を疑いました
まさか父の口から、と思っていましたから。。。
私はそんなところに父の日本人としての深層心理を見た気がしました。
何故太宰府に、宇佐に、出雲に、あれ程の寺社を『建てなければ「ならなかった」』のか
又、丹後の一地方神をなぜ伊勢に祀らねばならなかったか
それは無宗教とも言われる日本人の心の中に、人智を超えた存在、鬼や神「祟り」「畏れ」という観念が
備わっているからのように思います。
「出雲は祟る」と古代人は考えていたからこそ、当時世界一の木造建築を莫大な予算を投じ
国家プロジェクトとして建てざるおえなかったようです。
なぜそれほど畏れたか、神話上ではあくまでも出雲の国譲りとして、平和理な和合とされていますが
おそらくは日本の統治権、祭祀権をめぐる血で血を洗う壮絶な戦いがあったのではないか
国譲りなどという生易しい物では無く、天孫族が強引に権力を取り上げてしまった。
不条理に非業の死を遂げれば遂げる程、強大に祟り災いを起こす、と。。。
古代人は地震や台風、火山の噴火や疫病などは、すべて神の怒りと感じていた様ですし、
祭祀王である、天皇に全責任を問うたと聞きます。
かなりそれてしまいましたが
何が言いたいかというと、A級として全責任を負い、刑を受け入れた
不条理な非業の死を遂げ、且つ力のある人物だからこそ、丁重に祀らねばならないのでは無いか
祀りかたによっては、鬼にもなり神にもなる
丁重に祀る事によってその強大な力で、日本を守ってくれるのではないか、と。。。
(私はあくまでも平和へ導いてくれる、と解釈しています)
現代の日本人の深層にも「畏れ」というものがしっかりと受け継がれている様に思えてなりません。
以前「朝なま」で、靖国問題は唯一、理論的に説得出来ない問題だと結論付けていましたが
そのとうりだと思います。日本人の心の問題ですから。
死生感や思想、宗教感が異なる以上、他国に理解してもらうのはむづかしいとは思いますが
説明する作業に力を惜しんではいけないと思います、
しかし
相手国も、政治、外交のカードとして利用する事(偏った教育で不要に煽り立てるような事を含め)は
やめなければいけない。
お互いの努力、歩みよりとは、こういう事のように思います。
「全く説明の必要が無い」と言ってしまえばそれまでですが。
結論としては、中国、韓国に理解してもらうのは現状では絶望的だと考えざるを得ないですが。。。
いつもながら私事を含めた独断で書きました。
あくまでも日本人の総意を代表している訳ではありません。(他国の方、誤解なき様)
突っ込み所満載と思いますが、お手柔らかに。。。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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