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関東軍が日本に帰る?物理的に無理

投稿者: bell45a 投稿日時: 2005/05/09 22:45 投稿番号: [11107 / 85019]
ですね。

(ブレメンさん、手伝いますよ)

朝鮮にはもうソ連の大部隊が来ていて、関東軍南部方面軍が激戦中ですからね、どうやって、こんな計画を立てますか?

【関東軍の戦線縮小は迅速に行われねばならない。それでも指示に従わず戦った部隊も事実あったことは、目の前の民間人を追い越して逃げる事などできぬと考えたからだろう。純軍事的に評価はできないが、立派である。
しかし【上層部がそれを命令は出来ない】。全滅したら、守りようが無いからだ。これ以上現場に問題を押し付けられない。後は大本営の指導部を追求すべきだろう。【関東軍は朝鮮半島まで撤退して戦うつもりだった】のだ。【肝心な点】である。【満州を放棄しても半島は守ろうとした】のだ。【当時は日本内地だったからだ】。満州の【日本開拓民を犠牲にしても、半島は守ろうとしたのだ】。日本人として信じた朝鮮人に裏切られた事は満州の匪賊以上の恐怖であったろう。 】


敵の大軍が来ているところに撤退の計画を立ますか?

引き揚げも、撤退も、なんら計画されるわけがない。

朝鮮北部で、その関東軍南部方面軍二個師団が、ソ連軍の最大級の大軍と戦っている最中に?
朝鮮めざしたソ連軍は、各方面軍が相手にしたソ連軍の中でも、最大級ですよ。

満州国南部および【朝鮮北部の警備を担当した関東軍】・第3軍の戦闘

この正面に進攻したソ連軍第25軍は、北鮮の港湾と満州との連絡遮断を目的とした。他地区同様、8月9日から不可侵条約に違反しつつ、圧倒的な戦力をもって、陸海空の三面で、奇襲攻撃を開始。

羅子溝の第128師団(水原義重中将)
琿春の第112師団(中村次喜蔵中将)

は、それぞれソ連軍の侵攻気配を察知して、現地の警備・守備戦域、陣地でそのまま激戦を展開した。

広い地域に分散孤立した状態で攻撃を受けた第3軍は、それでもよく敢闘して、停戦時の17日にはソ連軍が第2線陣地に迫ったものの、
多数の死傷者を出しながらも、停戦までソ連軍大兵力を阻止した。

12日から13日にかけて、ソ連軍は海路から北鮮の雄基と羅南に上陸。関東軍は総反撃して上陸したソ連軍を分断、水際まで追い詰めた。

さらに15日には新たにソ連第13海兵旅団が上陸、北方から狙撃師団が接近、そちらへの防御戦闘を開始した時に、再度停戦命令を受領。
停戦した。

その間に、避難民は戦域外に脱出した。

ソ連軍が当初、進撃目標としていた、鏡城、咸北、羅南、清津、元山などに到達できたのは、日本軍の停戦の後だった。

要するに、朝鮮北部での戦闘でも関東軍はソ連軍の奇襲を食い止めて、避難民を救助し、かつ、ソ連軍が目標とした市街には停戦まで到達させなかった。
水原中将、中村中将、二人を支えた参謀は、極端な散開陣地形式で、圧倒的な敵を食い止めたため、軍関係者の中でもその優秀さを特に褒められている。

要するに、関東軍主力は、朝鮮側に近づくこともできませんよね?
せいぜい、停戦後に、停戦を無視して平壌付近に迫ったソ連軍と戦っていた後衛の第17軍の一部が、米軍側で武装解除を受けただけですよ。

日本に帰った、逃げた、難民をおいて、なんて言ってますが、どこにも行きようがないでしょう?
ましてや、日本側に出るにしても、もう朝鮮北部そのものの制空権もなく、ソ連軍で溢れたのですから・・・・・・・・

どうやって、避難民をおいて逃げて、朝鮮まで行くんですか?
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