韓国

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

統治下の朝鮮で朝鮮語全廃を求めた人々

投稿者: bell45a 投稿日時: 2005/04/21 19:59 投稿番号: [10116 / 85019]
このトピでは、既にkokusaikouhouさんや、bremenangleheartさんが丁寧に書いているので、多少は重複しますが。

朴熙道(パク・ヒド)を御存じでしょうか?

朝鮮の三一独立運動の指導者とされる33人の中の一人です。
この朴熙道は、穏健な民族主義者と言われていますが、時々、過激だったので、朝鮮総督府も困ったそうです。
三一独立運動の後は、ずっと、天皇陛下を中心にした皇道文化の普及に努めていました。勿論、本人が信念としてやっていたことで、総督府も日本人も頼んだこともなく、全然関係はありません。

1939年1月、雑誌『東洋の光』の中で、朴熙道は、遂に、朝鮮語使用の全廃、学校教育からの追放、ハングル文字の廃止、日本語のみの使用を主張し、日本人と総督府を大変困らせました。
東洋の光という雑誌は、恐らく、韓国でも大きな図書館にいけば、今でもあるでしょう。
十回以上、朴熙道は、このハングル全廃、朝鮮語廃止を強く訴えています。
身も心も、言葉も日本の皇国臣民になるためには、すべてを日本語にしなければならない、と。


「朝鮮文人協会」(会員は、当時の朝鮮著名執筆家300人)に所属していた、玄永燮も、また、朝鮮語使用の全廃、ハングル文字の廃止を強く訴えていました。
さらに、「朝鮮演劇文化協会」も日本語劇の普及に努め、文人協会とともに、日本語普及の一層の拡大・普及を決議、採択しています。
史料にあたれば、すぐ分かりますが、
冷静に調べると、朝鮮語廃止を訴える朝鮮人も少なくなかったのは事実で、それに常に反対し、小学校、中学校などでの、ハングル教育を守ったのは日本人教師達と、総督府だったんですよ。
こういったことは事実で、日本人の歴史家や、韓国でも朝鮮史に詳しい人なら誰でも知っています。

朴熙道は、当時から、三一独立運動の指導者ということで、日本人は大切にしていたので、いつでも、朝鮮総督にも会えました。
当時の、南次郎総督も、この朴熙道と玄永燮が二人で、何度も訪ねてきて、早く朝鮮語を全廃してもらいたいと、何度も執拗に陳情に来るので困っていると、日記に記しています。
総督府がハングルを禁止した、などということは決して、一度もありません。むしろ、朝鮮人の朝鮮語全廃要求と戦いつつ、最後まで、教育に残しました。

元々、日本語普及率は、台湾70%、韓国20%(台湾人の方が昔から教育熱心で、韓国の成績はふるわなかった。今の英語も台湾の方がはるかに上で、似ている)の時代に、どうやって、朝鮮語を禁止できるでしょうか?

要求自体、非現実的だったわけですが、今回の嘘もこれまた、非現実的です。

どうしたら、そんな非現実的な嘘を考えつくのか?

こんなことも、韓国政府は隠して、決して国民には明らかにしないでしょう。
韓国人は、こういったことも知らされていないはずです。
総督府側の記録も、本も、雑誌も、新聞も残っていて、三一独立運動の指導者達が一番、日本軍への志願、朝鮮語追放について熱心に運動していたことは歴史として残っています。

三一独立運動の指導者達は、本来、日本が好きで、天皇陛下中心の皇道主義者でした。
また、戦争中は、文人協会の玄永燮や、三一独立運動指導者の朴熙道、崔南善ら中心になって、盛んに日本軍に参加しよう、志願しようと呼びかけ、沢山の朝鮮青年が賛同して志願しました。
彼らは、日常も日本語で話し、朝鮮語をいやがりました。

日本人と、朝鮮人は、同じアジア解放の夢と理想のために、一体となって戦っていました。
否定できない事実です。

しかし、朴熙道も、崔南善も、玄永燮も、みんな朝鮮の民族主義者で、愛国心の強い人達でした。
朝鮮のために、あえてやっていたんです。

今の人間が、彼らを断罪したり、非難したり、或いは、韓国政府や韓国人のように、あたかも彼らは存在しなかったかのように扱うのも、すべて間違っていると思います。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)