>>デンナちゃん
投稿者: amcan_ossun 投稿日時: 2004/12/03 21:42 投稿番号: [1373 / 3394]
こんばんは、でんなちゃん。
イスラム以外の宗教に対しては、オスマン朝治下のトルコのほうが、
それ以降、つまり共和国のなってからのトルコより、
はるかに寛容であったと言われています。
その原因の一つは、前にもちょっと触れましたが、
第一次大戦で疲弊したトルコへ、そのドサクサに紛れ
ギリシャが進駐してきたことがあったのです。
ギリシャから見れば、今のトルコの地はかってのビザンチン帝国の領土であり、
その後継者たるギリシャが失地回復を企てることには、
何らやましさを覚える必要は無い、とこんなとこでしょう。
で、その騒ぎが一段落した際、かの悪評高い「住民交換」が行われたのです。
トルコのギリシャ系住民をギリシャへ、ギリシャのトルコ系住民をトルコへ、
それぞれお互いに追放したのです。
ですから、そのために廃墟となった正教寺院や村が各地にあります。
第二次大戦後、ドイツ⇔チェコ・ポーランド間でもありましたね。
これは メッセージ 1371 (aredenna さん)への返信です.
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