五輪での抗議
投稿者: hawayu0324 投稿日時: 2012/08/14 15:51 投稿番号: [1687 / 2234]
1968年メキシコシティオリンピック男子200mにおいて金メダルを獲得したト
ミー・スミスは、メダル授与の際、銅メダルを獲得したチームメイトのジョ
ン・カーロスと共に黒手袋をつけ、靴を脱いで黒いストッキングを見せる格
好で表彰台に上がった。アメリカ国内の人種差別に抗議するために彼らは星
条旗が掲揚されている間中、ブラックパワー・サリュート(Black Power
salute)という拳を高く掲げるブラックパワーを誇示するパフォーマンスを行
ったのである。同競技の銀メダリストでオーストラリアの白人ピーター・ノ
ーマンも2人の抗議行動を支援、彼もまた表彰台で人権を求めるオリンピッ
ク・プロジェクト(Olympic Project for Human Rights、略称:OPHR)のバッ
チを着けていた。アメリカオリンピック委員会は2人のパフォーマンスを政治
的パフォーマンスとして非難、アメリカ・ナショナルチームから即日除名す
ると共に、オリンピック村から強制的に追放した。しかし、オリンピックと
いう国際舞台でのカーロスとスミスの抗議パフォーマンスは、アメリカ公民
権運動上の画期的な事件の一つとなった。
両名に厳しい措置がとられたにもかかわらず、その後もメキシコシティオリ
ンピックの表彰台ではアフリカ系アメリカ人による抗議のパフォーマンスが
繰り広げられた。男子400mを独占したアメリカのリー・エバンス、ラリー・
ジェームズ、ロン・フリーマンは黒いベレー帽をかぶり、トニー・スミスら
同様に拳を掲げた。男子走幅跳の金メダリストボブ・ビーモンは黒いソック
スを履き、同じく男子走幅跳のラルフ・ボストンは素足で壇上に上がった。
いずれも「黒」を強調することでブラックパワーを誇示するパフォーマンス
である。表面上、非政治性・政治的中立性を装うオリンピックは、奇しくも
競技者の身体的表現によって、アメリカ国内における人種問題の矛盾を全世
界に表明する政治的な「場」となったのである。
当時のアメリカの人種差別を世界に訴えるには、最も有効な手段であった
し、振り返ればその「功績」も大きかった。
昨年の女子ワールドカップでのスローガンは「NO
RACISM」だっ
た。
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