中国の反日デモ 一部暴徒化

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★安倍家は陸奥国の名門

投稿者: kabuyasontoku 投稿日時: 2012/09/21 20:31 投稿番号: [14233 / 15440]
  安倍晋三氏の家系図を見ると、初代は鳥海三郎(安倍宗任)氏、戦に破れて東北から九州・大宰府へ配流(島ながし)。

  ★長門安倍氏は、阿部比羅夫の九世孫安倍宗任の後裔なり。安倍晋太郎氏は、宗任より41代目の後裔

  http://www.k2.dion.ne.jp/~tokiwa/keifu/keifu-abe-nagato.html

  ★鳥海柵(鳥海三郎=安倍宗任)
  http://www.kit.hi-ho.ne.jp/nagae/tonominosaku.html

  http://homepage3.nifty.com/araebisu/a/kodai/abeitizoku.htm

>胆沢川と北上川の合流する金ヶ崎町西根にある「鳥海柵」は、南北約500m、東西300mの規模。天喜五年(1057)、安倍富忠と戦った安倍頼時は、矢傷を負って衣河柵に戻る途中、鳥海柵で亡くなった。

  宗任は敗れ、京に送られたとき公卿の一人が田舎者は梅の花も見たことがないだろうと、一枝折って「これは何と言う名の花か」差し出したところ、宗任は、「我が国の   梅の花とは   見たれども   大宮人は   いかがいふらむ」と、和歌で返したと伝わっている。宗任は、伊予国〜大宰府に流され、肥前松浦党は子孫と伝えられている。また、女(むすめ)は平泉・藤原基衡に嫁ぎ、秀衡の母となり、観自在王院を造った。

  ★陸奥国(平安時代)

>平安時代後期になって中央からの統制が弛緩すると、俘囚の長安倍氏が陸奥の北部(現在の岩手県・青森県)、奥六郡から下北半島、さらに十三湊からの大陸交易に至る多大な権益に力を持つようになった。安倍氏は国司に従わず、前九年の役で戦って滅亡した。このとき出羽国から参戦した清原氏が陸奥・出羽両国で勢威を持ったが、後三年の役で滅亡した。

  ★奥州「胆沢」の小沢一郎と、安倍家のご先祖は地縁があったのかも?
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