Re: 一神教同士の摩擦 飛べない豚様 2
投稿者: consu2346 投稿日時: 2012/09/19 08:14 投稿番号: [125 / 179]
「殺すな」はもちろんコーランにもあります。コーランでは、「ジハード」が
認められています。このとらえ方も、コーランの中の記述が、非常に
あいまいで、どうにでも取れるように書かれているのが問題で、読む人間に
よっていくらでも拡大解釈できてしまうのです。
もともとの意味は、自分の気持ちに対する「ジハード」なのですが、
「自分の、生命・財産を守る」ための「ジハード」も認められています。
これを拡大すると、アラブに悉く対抗する米国への攻撃や、今回の
ようにイスラムに敵対する行為を認めた米国・・・と誤解して、
迫撃砲をぶち込む、という蛮行に行き着くのです。
もっとも、今回はモハメッド映像事件に対する犯行というより、
9・11事件を支持するアル・カイダ系のグループの行為で
もともと、機会をうかがっていたのではないかと私は思っています。
ベンガジの東の地域に、「北アフリカのアル・カイーダ」のグループが
いるとの情報は以前からありましたし、ベンガジの住民から聞いた
ことがあります。
>例えば今回の反米デモの発端となった映画にしても,立場が逆だったら,
>と想像せずにはいられない。アラブの大金持ちの誰かが資金を提供して,
>歴代のローマ法王を侮辱するような映画を作ったとしたら?
余り、イスラム圏でその種の映画が作られる事は考えられませんね。
テヘランにもクウェートにも、リビアにもキリスト教会はあって、信教の自由は
大切にされていると感じました。
教会がないのはサウジだけではないでしょうか。
私はクリスチャンではないので、その辺は詳しくはありませんが。
私は、いつもお守りを持っていて、「この中に我々の神がいる」。
他のお守りも見せて「こっちにも神様がいる。いくつも持っているので
カバンの中で時々喧嘩をしている」と冗談をいうと、興味深そうに
見てました。
ムスリムは他の宗教に寛大だと、現場では感じました。
「非寛容」と感じるのは、マスコミのステレオ・タイプの
報道のせいでしょう。アラブに教会があるなどと言うと
変に思う人が多過ぎます。
今まで、アラブでキリストを侮辱したような映画が作られたことはないのでは?
ちょっと考えられませんね。みんなちゃんとイスラムの歴史を
教えられて、キリスト教はイスラムの兄弟の存在だと教えられて
いるからだと思います。
私が聞いているのは、モハメッドの肖像とか、今回のイスラム教徒の
神経を逆なでする仕打ちとか、米軍の反イスラム教育とか
そんなことだけです。
>彼とその映画は全世界のキリスト教国で大いにヒンシュクをかうで
>しょうし,デモ行進も各地で起こるでしょう。でも,敬虔な
>キリスト教徒の中で,「見せしめにその製作者を殺してしまえ!」と
>叫ぶ者が,果たしているでしょうか?
もし、作ったら出てくるかも知れません。
9・11の時に、どこかの大統領が「これは戦争だ。十字軍の再来だ」と
叫んで、国民を鼓舞したように。そのあと、泥沼の戦争に踏み込んで
挙句の果ては、刑務所のムスリム捕虜に、犬をけし掛けたり、小便をかけたり
の仕打ちをしたように。(犬はムスリムの最も毛嫌いするもので
その唾液や体液を非常に恐ろしく感じているのです)
>敬虔なクリスチャンであるほど,映画とその製作者に対する反感は強い
>でしょうが,同時に敬虔なクリスチャンであれば,どのような理由に
>せよ人の命を奪うことは忌避するでしょう。
それはムスリムも同じで、コーランには、自分らの生命・財産を守るための
「ジハード」は許されていますが、同時に「不要に殺すな」の文章も
あります。だから、今回の攻撃も、殺人に結びつく砲撃には多くの人が
疑問を持っていると思います。
今は確認のしようがありませんが。
>先の投稿で私が書いた「非寛容」という言葉は,異教徒に対するという
>より,人間の命に対するある種の冷淡さを,イスラム教が持っているの
>ではないか,という疑問からであるとご理解ください。 とりわけキリスト
>教徒の対比において,私にはそう感じられるのです。
「ムスリム故の冷淡さ」は無いと思います。それが冷淡なら、無差別にパレスチナに攻撃を
加えるイスラエル兵士や、ゲリラ掃討の名の元に、じゅうたん爆撃を繰り返す
欧米軍はもっと冷淡である・・・が彼らの言い分でしょう。
とにかく、女子供に情け容赦ない攻撃をするのですから。
一方だけを見て、そこだけを攻撃してはいけないのではないでしょうか。
認められています。このとらえ方も、コーランの中の記述が、非常に
あいまいで、どうにでも取れるように書かれているのが問題で、読む人間に
よっていくらでも拡大解釈できてしまうのです。
もともとの意味は、自分の気持ちに対する「ジハード」なのですが、
「自分の、生命・財産を守る」ための「ジハード」も認められています。
これを拡大すると、アラブに悉く対抗する米国への攻撃や、今回の
ようにイスラムに敵対する行為を認めた米国・・・と誤解して、
迫撃砲をぶち込む、という蛮行に行き着くのです。
もっとも、今回はモハメッド映像事件に対する犯行というより、
9・11事件を支持するアル・カイダ系のグループの行為で
もともと、機会をうかがっていたのではないかと私は思っています。
ベンガジの東の地域に、「北アフリカのアル・カイーダ」のグループが
いるとの情報は以前からありましたし、ベンガジの住民から聞いた
ことがあります。
>例えば今回の反米デモの発端となった映画にしても,立場が逆だったら,
>と想像せずにはいられない。アラブの大金持ちの誰かが資金を提供して,
>歴代のローマ法王を侮辱するような映画を作ったとしたら?
余り、イスラム圏でその種の映画が作られる事は考えられませんね。
テヘランにもクウェートにも、リビアにもキリスト教会はあって、信教の自由は
大切にされていると感じました。
教会がないのはサウジだけではないでしょうか。
私はクリスチャンではないので、その辺は詳しくはありませんが。
私は、いつもお守りを持っていて、「この中に我々の神がいる」。
他のお守りも見せて「こっちにも神様がいる。いくつも持っているので
カバンの中で時々喧嘩をしている」と冗談をいうと、興味深そうに
見てました。
ムスリムは他の宗教に寛大だと、現場では感じました。
「非寛容」と感じるのは、マスコミのステレオ・タイプの
報道のせいでしょう。アラブに教会があるなどと言うと
変に思う人が多過ぎます。
今まで、アラブでキリストを侮辱したような映画が作られたことはないのでは?
ちょっと考えられませんね。みんなちゃんとイスラムの歴史を
教えられて、キリスト教はイスラムの兄弟の存在だと教えられて
いるからだと思います。
私が聞いているのは、モハメッドの肖像とか、今回のイスラム教徒の
神経を逆なでする仕打ちとか、米軍の反イスラム教育とか
そんなことだけです。
>彼とその映画は全世界のキリスト教国で大いにヒンシュクをかうで
>しょうし,デモ行進も各地で起こるでしょう。でも,敬虔な
>キリスト教徒の中で,「見せしめにその製作者を殺してしまえ!」と
>叫ぶ者が,果たしているでしょうか?
もし、作ったら出てくるかも知れません。
9・11の時に、どこかの大統領が「これは戦争だ。十字軍の再来だ」と
叫んで、国民を鼓舞したように。そのあと、泥沼の戦争に踏み込んで
挙句の果ては、刑務所のムスリム捕虜に、犬をけし掛けたり、小便をかけたり
の仕打ちをしたように。(犬はムスリムの最も毛嫌いするもので
その唾液や体液を非常に恐ろしく感じているのです)
>敬虔なクリスチャンであるほど,映画とその製作者に対する反感は強い
>でしょうが,同時に敬虔なクリスチャンであれば,どのような理由に
>せよ人の命を奪うことは忌避するでしょう。
それはムスリムも同じで、コーランには、自分らの生命・財産を守るための
「ジハード」は許されていますが、同時に「不要に殺すな」の文章も
あります。だから、今回の攻撃も、殺人に結びつく砲撃には多くの人が
疑問を持っていると思います。
今は確認のしようがありませんが。
>先の投稿で私が書いた「非寛容」という言葉は,異教徒に対するという
>より,人間の命に対するある種の冷淡さを,イスラム教が持っているの
>ではないか,という疑問からであるとご理解ください。 とりわけキリスト
>教徒の対比において,私にはそう感じられるのです。
「ムスリム故の冷淡さ」は無いと思います。それが冷淡なら、無差別にパレスチナに攻撃を
加えるイスラエル兵士や、ゲリラ掃討の名の元に、じゅうたん爆撃を繰り返す
欧米軍はもっと冷淡である・・・が彼らの言い分でしょう。
とにかく、女子供に情け容赦ない攻撃をするのですから。
一方だけを見て、そこだけを攻撃してはいけないのではないでしょうか。
これは メッセージ 124 (consu2345 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/200001590/bpjfa5ga5ba5a4a59a5ia5e0a40h3hbga4b_1/125.html