つい最近まで日本のクジラミ餓鬼は
投稿者: discover_100 投稿日時: 2010/06/05 07:44 投稿番号: [34 / 2258]
>その昔、米人は石油が一般的になる前はクジラの油、鯨油だけ採って
捨てていたらしいが
誰にも食われなくなった肉を捨ててきたものだ。
ペリーの時代など高が知れている。
クジラを最も殺戮した(少なくとも百万頭)国は
日本だということをよく覚えておけよ、低脳餓鬼。
「あのオリンピック捕鯨はやり過ぎたと思う。獲れて母船が処理できずに捨てたこともある。肉もいいところだけとってあとは海にすてたものだ。(昭和)30年代の前半までは南氷洋のどこへ行ってもクジラが群れていたが、後半になると鯨の数がめっきり減ってしまった。キャッチャー(捕鯨船のこと)で何日間走っても鯨に行き会わない。海水ばかりだった。」
(和歌山県太地町出身の砲手の話「捕鯨II」 山下渉登 法政大学出版)
その後、南極海の商業捕鯨は1986年まで続くことになりますが、その間にシロナガスクジラやナガスクジラなどクジラの種類ごとに次々と捕獲が禁止され、結局多くの国々が南極での捕鯨から退いていきました。商業捕鯨最後の年には、日本が南極海で捕鯨をしている唯一の国だったのです。
http://www.kkneko.com/rekishi.htm
当時から主産物とみなされていたのは鯨油(灯火用及び水田のイナゴ防除用)の方で、鯨肉は獣肉に似ているとして”忌避されて”いました。
戦 前
この時期の捕鯨業は鯨油をヨーロッパに輸出して外貨を稼ぐことを主な目的としていました。とりわけ南氷洋捕鯨は沿岸捕鯨との兼ね合いもあり、鯨肉は持ち帰ることなくほとんど海に”廃棄”していました。
戦 後
他の肉類よりも安価であるにもかかわらず臭味のために敬遠された鯨肉は、'50年代初頭には早くも”供給過多”となります。
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さて、捕鯨に関しては、「日本は欧米と違って鯨体を完全利用していた」ということをしばしば耳にしますが、実態はどうだったのでしょうか? 確かに、捕獲量も消費量も少なかった江戸時代まではそうだったでしょうが、明治以降、ノルウェー式の近代捕鯨に転換してからは実質的に差はなくなりました。戦前、鯨油の輸出による外貨獲得を目的としていた頃は、南氷洋では鯨肉をほとんど捨てていました。全盛期には規制違反の子連れクジラの捕獲をごまかすためにそのまま投棄したり、肉のいいところだけ採って残りを捨てたり、より大きなクジラを見つけると係留していたクジラを放棄したりしていたことが、関係者の証言でも明らかになっています。日本では監督官が目をつぶる"ぐるみ違反"によって、表向き他国より違反率は低い数字が出されていました。昨今の農水・外務省等の政・官・業のもたれ合い構造を目にしている私たちにとっては、別段不思議なことではありませんが…。現在でも、肝臓など内臓の一部はそのまま廃棄されており、解体時に出る大量の血液もそのまま海中に垂れ流しています(海洋汚染の原因になるのですが)。沿岸捕鯨も同様に、解体時の血液が内湾の汚染をもたらすため、漁場への影響を懸念した他の漁業者から基地が焼き討ちされたこともあります。有名な太地でも、以前クジラの骨や頭などを無届で海中に不法投棄していたことが発覚しました。
捨てていたらしいが
誰にも食われなくなった肉を捨ててきたものだ。
ペリーの時代など高が知れている。
クジラを最も殺戮した(少なくとも百万頭)国は
日本だということをよく覚えておけよ、低脳餓鬼。
「あのオリンピック捕鯨はやり過ぎたと思う。獲れて母船が処理できずに捨てたこともある。肉もいいところだけとってあとは海にすてたものだ。(昭和)30年代の前半までは南氷洋のどこへ行ってもクジラが群れていたが、後半になると鯨の数がめっきり減ってしまった。キャッチャー(捕鯨船のこと)で何日間走っても鯨に行き会わない。海水ばかりだった。」
(和歌山県太地町出身の砲手の話「捕鯨II」 山下渉登 法政大学出版)
その後、南極海の商業捕鯨は1986年まで続くことになりますが、その間にシロナガスクジラやナガスクジラなどクジラの種類ごとに次々と捕獲が禁止され、結局多くの国々が南極での捕鯨から退いていきました。商業捕鯨最後の年には、日本が南極海で捕鯨をしている唯一の国だったのです。
http://www.kkneko.com/rekishi.htm
当時から主産物とみなされていたのは鯨油(灯火用及び水田のイナゴ防除用)の方で、鯨肉は獣肉に似ているとして”忌避されて”いました。
戦 前
この時期の捕鯨業は鯨油をヨーロッパに輸出して外貨を稼ぐことを主な目的としていました。とりわけ南氷洋捕鯨は沿岸捕鯨との兼ね合いもあり、鯨肉は持ち帰ることなくほとんど海に”廃棄”していました。
戦 後
他の肉類よりも安価であるにもかかわらず臭味のために敬遠された鯨肉は、'50年代初頭には早くも”供給過多”となります。
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さて、捕鯨に関しては、「日本は欧米と違って鯨体を完全利用していた」ということをしばしば耳にしますが、実態はどうだったのでしょうか? 確かに、捕獲量も消費量も少なかった江戸時代まではそうだったでしょうが、明治以降、ノルウェー式の近代捕鯨に転換してからは実質的に差はなくなりました。戦前、鯨油の輸出による外貨獲得を目的としていた頃は、南氷洋では鯨肉をほとんど捨てていました。全盛期には規制違反の子連れクジラの捕獲をごまかすためにそのまま投棄したり、肉のいいところだけ採って残りを捨てたり、より大きなクジラを見つけると係留していたクジラを放棄したりしていたことが、関係者の証言でも明らかになっています。日本では監督官が目をつぶる"ぐるみ違反"によって、表向き他国より違反率は低い数字が出されていました。昨今の農水・外務省等の政・官・業のもたれ合い構造を目にしている私たちにとっては、別段不思議なことではありませんが…。現在でも、肝臓など内臓の一部はそのまま廃棄されており、解体時に出る大量の血液もそのまま海中に垂れ流しています(海洋汚染の原因になるのですが)。沿岸捕鯨も同様に、解体時の血液が内湾の汚染をもたらすため、漁場への影響を懸念した他の漁業者から基地が焼き討ちされたこともあります。有名な太地でも、以前クジラの骨や頭などを無届で海中に不法投棄していたことが発覚しました。
これは メッセージ 24 (tomcat238jp さん)への返信です.
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