朝鮮半島の南部(帯方郡)は元々は倭人の領土
投稿者: ftg_algernon 投稿日時: 2012/09/12 20:53 投稿番号: [1146 / 1167]
韓国の右翼団体や怪しげな大学教授がなんと言おうが,
日本近海の対馬などの島々は全て,千数百年前の古代から,中国の史書「三国志魏書東夷伝倭」にも,また日本の「古事記」にも,倭国の島と記されてある。
歴史的には,れっきとした日本領土です。
更に言えば,三國志「魏書」「後漢書」南朝「宗書」などの中国の古文書を調べてみるに…,元々,朝鮮半島の南部(帯方郡)は倭の領土だったと推察さえ出来ます。
●『三国志魏書』東夷伝倭(魏志倭人伝)…3世紀末頃
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/wakoku-kanbun1-gisi.htm
↑↑対馬には邪馬台国の地方官吏の卑狗(ひく),卑奴母離(ひなもり)が,常駐していた。
●古事記「国産み」…8世紀頃
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%9B%BD%E7%94%A3%E3%81%BF&oldid=43109741
↑↑対馬(津島)はイザナギ,イザナミが最初に産んだ八つの島の一つ。
●好太王碑(広開土王碑)…5世紀末頃
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%A5%BD%E5%A4%AA%E7%8E%8B%E7%A2%91&oldid=43110668
↑↑古代において,倭人は朝鮮半島に渡り高句麗と戦争をしていた。
●『宋書』夷蛮倭国伝…5世紀頃
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/wakoku-kanbun7-sosho.htm
↑↑倭王は,古代中国の南朝の宗に朝貢し,朝鮮半島南部の国々(百済,新羅,任那,加羅,秦韓,慕韓など)の支配権を宣言して,それを認められていた。
◇
■三国志『魏書』高句麗伝によると,コリアン(高麗人)の祖先の高句麗人の住みかは,鴨緑江(現在の中国と北朝鮮の国境の大河)周辺らしい。
更に,高句麗の祖先といわれる夫余(フヨ)族は,高句麗より更に北方にすむ部族。
つまり,韓国人(朝鮮族)の故郷は,中国の遼寧,吉林,黒龍江省あたりらしいのだ。
朝鮮族の伝説の始祖の「檀君」も白頭山の出身だ。
(ただし,その後,中国を占領し「金」「清」の国をたてた「女真族(満族)」も同じ白頭山周辺の出身だが…。)
■中国の正史である三国志『魏書』(3世紀頃)の時代には,百済,新羅という国は未だ無く,朝鮮半島南部には「三韓」があっただけ。
また「高句麗」の歴史は紀元前後からあった立派な国の様だが,厄介者扱いで,当時の中国政府によって何度も討伐されている。
(※韓国(高麗)の国の始まりを書いた韓国の史書「三国史記」に書かれてある三国の内の二国…,百済,新羅が,中国の史書に出てくるのは4〜5世紀になってから)
●『三國志魏書』弁辰
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/sankan-benkan.htm
↑↑■古代の朝鮮半島に鉄を採りに行っている倭の記述がある。また倭と同じ刺青風習の倭人系の部族が半島に複数住んでいた記述もあり,朝鮮半島南部に倭(日本人と同系の古代人)がいたと推察出来ます。
(※当時,大陸人からすると,倭=刺青をした民族という認識)
この時代に,朝鮮半島で刺青した人とそうでない人が同一部族として雑居している様子から,大陸に倭人が進出し,倭人と大陸人との混血が進んでいると考えるべきか,それとも,朝鮮半島に土着していた倭人が刺青風習をやめ,大陸の風習にあわせる様にしだした時期なのかも知れません。
●『三国志魏書』高句麗
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/kanbun-kokuri-1sangokusi.htm
句麗作國,依大水而居,西安平縣北有小水,南流入海,句麗別種依小水作國,因名之為小水貊,出好弓,所謂貊弓是也。
訳):高句麗の立てた国は大水(■鴨緑江:中国と北朝鮮の国境の大河)に拠って居を置くが,西安平県(■中国遼寧省丹東市付近)の北に小水があり,南に流れて海に注ぐ,句麗の別種が小水に拠って建てた國なので,これの名を小水貊と言う。良質の弓を産する,いわゆる貊弓がこれである。
↑↑■韓国の史書『三国史記』によると,高麗の国のもとは,高句麗,百済,新羅の三国。中国の『北書』などの史書によると高句麗,百済の更に祖先は夫余族とされる。
鴨緑江,白頭山(中国の遼寧,吉林,黒龍江省)が本来のすみからしい。
つまり,朝鮮半島発祥の民族などではなく,外来種なのが真相です。
日本近海の対馬などの島々は全て,千数百年前の古代から,中国の史書「三国志魏書東夷伝倭」にも,また日本の「古事記」にも,倭国の島と記されてある。
歴史的には,れっきとした日本領土です。
更に言えば,三國志「魏書」「後漢書」南朝「宗書」などの中国の古文書を調べてみるに…,元々,朝鮮半島の南部(帯方郡)は倭の領土だったと推察さえ出来ます。
●『三国志魏書』東夷伝倭(魏志倭人伝)…3世紀末頃
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/wakoku-kanbun1-gisi.htm
↑↑対馬には邪馬台国の地方官吏の卑狗(ひく),卑奴母離(ひなもり)が,常駐していた。
●古事記「国産み」…8世紀頃
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%9B%BD%E7%94%A3%E3%81%BF&oldid=43109741
↑↑対馬(津島)はイザナギ,イザナミが最初に産んだ八つの島の一つ。
●好太王碑(広開土王碑)…5世紀末頃
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%A5%BD%E5%A4%AA%E7%8E%8B%E7%A2%91&oldid=43110668
↑↑古代において,倭人は朝鮮半島に渡り高句麗と戦争をしていた。
●『宋書』夷蛮倭国伝…5世紀頃
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/wakoku-kanbun7-sosho.htm
↑↑倭王は,古代中国の南朝の宗に朝貢し,朝鮮半島南部の国々(百済,新羅,任那,加羅,秦韓,慕韓など)の支配権を宣言して,それを認められていた。
◇
■三国志『魏書』高句麗伝によると,コリアン(高麗人)の祖先の高句麗人の住みかは,鴨緑江(現在の中国と北朝鮮の国境の大河)周辺らしい。
更に,高句麗の祖先といわれる夫余(フヨ)族は,高句麗より更に北方にすむ部族。
つまり,韓国人(朝鮮族)の故郷は,中国の遼寧,吉林,黒龍江省あたりらしいのだ。
朝鮮族の伝説の始祖の「檀君」も白頭山の出身だ。
(ただし,その後,中国を占領し「金」「清」の国をたてた「女真族(満族)」も同じ白頭山周辺の出身だが…。)
■中国の正史である三国志『魏書』(3世紀頃)の時代には,百済,新羅という国は未だ無く,朝鮮半島南部には「三韓」があっただけ。
また「高句麗」の歴史は紀元前後からあった立派な国の様だが,厄介者扱いで,当時の中国政府によって何度も討伐されている。
(※韓国(高麗)の国の始まりを書いた韓国の史書「三国史記」に書かれてある三国の内の二国…,百済,新羅が,中国の史書に出てくるのは4〜5世紀になってから)
●『三國志魏書』弁辰
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/sankan-benkan.htm
↑↑■古代の朝鮮半島に鉄を採りに行っている倭の記述がある。また倭と同じ刺青風習の倭人系の部族が半島に複数住んでいた記述もあり,朝鮮半島南部に倭(日本人と同系の古代人)がいたと推察出来ます。
(※当時,大陸人からすると,倭=刺青をした民族という認識)
この時代に,朝鮮半島で刺青した人とそうでない人が同一部族として雑居している様子から,大陸に倭人が進出し,倭人と大陸人との混血が進んでいると考えるべきか,それとも,朝鮮半島に土着していた倭人が刺青風習をやめ,大陸の風習にあわせる様にしだした時期なのかも知れません。
●『三国志魏書』高句麗
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/kanbun-kokuri-1sangokusi.htm
句麗作國,依大水而居,西安平縣北有小水,南流入海,句麗別種依小水作國,因名之為小水貊,出好弓,所謂貊弓是也。
訳):高句麗の立てた国は大水(■鴨緑江:中国と北朝鮮の国境の大河)に拠って居を置くが,西安平県(■中国遼寧省丹東市付近)の北に小水があり,南に流れて海に注ぐ,句麗の別種が小水に拠って建てた國なので,これの名を小水貊と言う。良質の弓を産する,いわゆる貊弓がこれである。
↑↑■韓国の史書『三国史記』によると,高麗の国のもとは,高句麗,百済,新羅の三国。中国の『北書』などの史書によると高句麗,百済の更に祖先は夫余族とされる。
鴨緑江,白頭山(中国の遼寧,吉林,黒龍江省)が本来のすみからしい。
つまり,朝鮮半島発祥の民族などではなく,外来種なのが真相です。
これは メッセージ 1 (y_news_topics さん)への返信です.
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