金総書記母の銅像壊される

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金正恩の生母の身元割れる

投稿者: a_b_ddd 投稿日時: 2012/02/15 10:58 投稿番号: [5 / 5]
高英姫の父親が白丁以下の済州島の出身で日本軍への協力者で密航の手引きで日本から追放され、本人の高英姫が喜び組(≒キーセ≒コールガール(高級売春婦)。

これをビラにして北朝鮮にばらまくと、血統以外に何もよりどころの無い金正恩は失脚するかも。

>高英姫の真実   「喜び組」出身の“側室”   金日成主席は正恩氏を孫と認めず

  北朝鮮の新指導者、金正恩(キムジョンウン)氏の母、高英姫(コヨンヒ)氏(2004年死亡)が在日朝鮮人出身であるだけでなく、後に「喜び組」と呼ばれる接待役だった経歴などから、祖父の金日成(イルソン)主席が生前、正恩氏を正式な孫と認めていなかったことが14日、関係者などの証言により分かった。父は日本軍への協力者といえる軍需工場労働者で、密航船を運営し逮捕され、やむなく北朝鮮に渡ったことも判明。“負の出自”は、16日の金正日(ジョンイル)総書記生誕70周年を境に加速しそうな正恩母子の偶像化に打撃となりそうだ。(桜井紀雄)

  高英姫氏は、格闘家の高太文(テムン)氏の娘という説が広く信じられてきた。しかし、北朝鮮の民主化に取り組むNPO「救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク」(RENK)が北朝鮮内部や在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)関係者らから得た証言と、在日朝鮮人の帰国者名簿など複数の記録から、父親は韓国・済州(チェジュ)島出身の高京沢(ギョンテク)氏だと裏付けられた。

  太文氏の娘と高英姫氏の帰国時期や年齢、「万寿台(マンスデ)芸術団」で活動した経歴が似ていたため、誤解が生じていたが、韓国の情報機関、国家情報院も「父は京沢氏だ」としていた。

  関係者らの証言などによると、京沢氏は1929年に出稼ぎのため渡日。陸軍管理下で軍服や天幕を作る大阪市の「広田裁縫所」で働いた。戦後、済州島への密航船を運営し日本の警察に逮捕され、出所後、62年に家族を連れ北朝鮮に渡った。法務記録には「強制退去」と記された。他の在日朝鮮人のように「地上の楽園」を夢見た帰国ではなく、半ば強制的な送還だった。

  英姫氏が芸術団の踊り子時代に、金総書記に見初められたことは知られている。韓国に亡命した金総書記の親族らの証言によると、後に「喜び組」と呼ばれる秘密パーティーでの接待役に選ばれ金総書記の固定パートナーとなり、76年から平壌の別荘で同居した。

  内部情報によると、出自に加え、金総書記に既に正妻がいたことから側室として扱われた。正恩氏ら2人の息子をもうけたが、金日成主席は当時、金総書記の別の妻が生んだ長男、正男(ジョンナム)氏を後継者とみなし、正恩氏らを正式な孫とも認めなかったという。

  金主席死去後は英姫氏を偶像化する動きも表れた。一方で、3代世襲の根拠に「革命の血統」を掲げる北朝鮮にとり不都合な英姫氏の出自には全く触れず、金総書記死去後は「最高機密」に指定された。

■喜び組   「万寿台芸術団」など北朝鮮で最高峰とされた芸術団の中でも容姿、才能ともに優れた女性らで構成。金正日総書記と側近らだけが出席を許された秘密パーティーで演目を披露したり、接待に当たり、金総書記の側近らの妻や愛人になったメンバーも多いという。万寿台芸術団から選抜されたメンバーで1970年代に結成された「親愛なる指導者同志(金総書記)の公演室」が原型とされる。
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