9.11事件は痛快だった 3
投稿者: kabusikitouki 投稿日時: 2011/09/13 18:27 投稿番号: [19 / 27]
イギリスは、第二次世界大戦終了後に植民地が独立するようになるまで、世界一の植民帝国であった。
隣接するアイルランドの一部を初めとして南北大陸およびそれらの大陸に隣接する島嶼、アフリカ大陸、中近東・インド・アジア・オーストラリアなどに広大な植民地を有していた。
もちろんそれらの植民地は強大な武力を背景として力づくで奪い取ったり、詐術を用いて悪辣なやり方で騙し取ったものである。奪取の際には植民地にされた側の多くの人が虐殺された事はもちろんである。
世界一の植民地を有していたということは、もちろん英国人が植民地の先住民を最も多く殺傷したことを意味する。
例えば、中国の香港は、人体に大きな悪影響を及ぼす麻薬である阿片を中国に大量に輸出し、阿片中毒者が増大することを問題にした当時の清朝政府が阿片の輸入を禁止したところ、難癖をつけて戦争(阿片戦争)を起こし、圧倒的な武力で清朝を敗北させて阿片の輸入を再開させるとともに、賠償金とともに香港を99年間無条件で借りる条約を結んで、実質的に英国植民地にしたものである。
阿片のひどい害毒は昔から知られていたが、英国はそれを十分承知していながら、自国の利益をむさぼるためにのみ清に大量に輸出したもので、現在英国が麻薬撲滅に努力しているなどとひざいているがチャンチャラおかしいというべきである。英国人が中国人を人間としてみていなかったことは、英国がヨーロッパの各国と共同で租借していた上海の公園の入り口に「シナ人と犬は入るべからず「という立て札が掲げられていたことからも明らかである。
もちろん香港を領有して中国人および中国から莫大な富を収奪したが、富の収奪、およびそれとともに住民くぉ奴隷労働させたり、虐殺したという点ではインドが最大であった。
英国の植民地であった北米大陸・アフリカ・インド・オーストラリアおよびその他の地域では、英国人はもちろん現地人を人間扱いするはずはなく、時によっては楽しみのために人間狩を行うこともあった。人間狩とは文字とおりで、鹿とか熊や兎などを鉄砲や罠で狩るのと同様に、人間を狩猟の対象として鉄砲で撃ち殺す遊びである。
近頃は人権尊重の声が高くなり、かつ白人以外の国の勢力も強くなってきたので、米国製の西部劇映画でインディアン(北米大陸の先住民)を狩るようなストーリーのものはなくなったが、ひところはインディアン狩りを主題とする西部劇が非常に多かった。
また、英国人は北米大陸植民地での労働に使用するために、アフリカから大量のアフリカ人(一説には1千万人以上)をに文字と織り人間狩で駆り立てて捕獲し、奴隷として送り込んだ。
そのような映画で語られている時代は、イギリスやアイルランドからの移民が米国の白人の多数を占めていた、すなわちイギリス人が人間狩りをしていたこと、および今世紀に入っておおっぴらなインディアン狩りができなくなったので、西部劇という舞台を借りて人間狩りを楽しんでいたわけだ。
人間狩りといえば、オーストラリアでは20世紀の初めごろ(1930年ごろ)までおおっぴらに先住民であるアポリジニ狩をやっていた。
最近新潮社から発行された高山正之著「変見自在 スーチー女史は善人か 」という本には次のような文章がある。
「オーストラリアのニューサウスウェールズ州の図書館に残る1927年の日記には『週末、アボリジニ狩りに出かけた。収穫は17匹』とある。イギリスが植民地にした頃は600万人いたアボリジニは今30万人が生き残るだけである。減少した人口のほとんどは、オーストラリアに流されてきたイギリスの犯罪人の子孫や、その後にオーストラリアに移住してきたイギリス人を主体とするヨーロッパ人などにより、人間狩によって殺されたり、奴隷労働によって虐殺された人たちである。
イギリスを初めとする白人たちはナチスののホロコーストを非難するが、白人どもはナチスの何十倍・何百倍ものもの非白人を大虐殺した来た歴史を持っているのだ。 続く
隣接するアイルランドの一部を初めとして南北大陸およびそれらの大陸に隣接する島嶼、アフリカ大陸、中近東・インド・アジア・オーストラリアなどに広大な植民地を有していた。
もちろんそれらの植民地は強大な武力を背景として力づくで奪い取ったり、詐術を用いて悪辣なやり方で騙し取ったものである。奪取の際には植民地にされた側の多くの人が虐殺された事はもちろんである。
世界一の植民地を有していたということは、もちろん英国人が植民地の先住民を最も多く殺傷したことを意味する。
例えば、中国の香港は、人体に大きな悪影響を及ぼす麻薬である阿片を中国に大量に輸出し、阿片中毒者が増大することを問題にした当時の清朝政府が阿片の輸入を禁止したところ、難癖をつけて戦争(阿片戦争)を起こし、圧倒的な武力で清朝を敗北させて阿片の輸入を再開させるとともに、賠償金とともに香港を99年間無条件で借りる条約を結んで、実質的に英国植民地にしたものである。
阿片のひどい害毒は昔から知られていたが、英国はそれを十分承知していながら、自国の利益をむさぼるためにのみ清に大量に輸出したもので、現在英国が麻薬撲滅に努力しているなどとひざいているがチャンチャラおかしいというべきである。英国人が中国人を人間としてみていなかったことは、英国がヨーロッパの各国と共同で租借していた上海の公園の入り口に「シナ人と犬は入るべからず「という立て札が掲げられていたことからも明らかである。
もちろん香港を領有して中国人および中国から莫大な富を収奪したが、富の収奪、およびそれとともに住民くぉ奴隷労働させたり、虐殺したという点ではインドが最大であった。
英国の植民地であった北米大陸・アフリカ・インド・オーストラリアおよびその他の地域では、英国人はもちろん現地人を人間扱いするはずはなく、時によっては楽しみのために人間狩を行うこともあった。人間狩とは文字とおりで、鹿とか熊や兎などを鉄砲や罠で狩るのと同様に、人間を狩猟の対象として鉄砲で撃ち殺す遊びである。
近頃は人権尊重の声が高くなり、かつ白人以外の国の勢力も強くなってきたので、米国製の西部劇映画でインディアン(北米大陸の先住民)を狩るようなストーリーのものはなくなったが、ひところはインディアン狩りを主題とする西部劇が非常に多かった。
また、英国人は北米大陸植民地での労働に使用するために、アフリカから大量のアフリカ人(一説には1千万人以上)をに文字と織り人間狩で駆り立てて捕獲し、奴隷として送り込んだ。
そのような映画で語られている時代は、イギリスやアイルランドからの移民が米国の白人の多数を占めていた、すなわちイギリス人が人間狩りをしていたこと、および今世紀に入っておおっぴらなインディアン狩りができなくなったので、西部劇という舞台を借りて人間狩りを楽しんでいたわけだ。
人間狩りといえば、オーストラリアでは20世紀の初めごろ(1930年ごろ)までおおっぴらに先住民であるアポリジニ狩をやっていた。
最近新潮社から発行された高山正之著「変見自在 スーチー女史は善人か 」という本には次のような文章がある。
「オーストラリアのニューサウスウェールズ州の図書館に残る1927年の日記には『週末、アボリジニ狩りに出かけた。収穫は17匹』とある。イギリスが植民地にした頃は600万人いたアボリジニは今30万人が生き残るだけである。減少した人口のほとんどは、オーストラリアに流されてきたイギリスの犯罪人の子孫や、その後にオーストラリアに移住してきたイギリス人を主体とするヨーロッパ人などにより、人間狩によって殺されたり、奴隷労働によって虐殺された人たちである。
イギリスを初めとする白人たちはナチスののホロコーストを非難するが、白人どもはナチスの何十倍・何百倍ものもの非白人を大虐殺した来た歴史を持っているのだ。 続く
これは メッセージ 18 (kabusikitouki さん)への返信です.
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