中国「南京大虐殺」映画と満州邦人復員虐殺
投稿者: ftg_algernon 投稿日時: 2012/01/09 18:55 投稿番号: [830 / 1002]
●日本兵の13歳少女強姦シーン見れば『日本人,クソったれ!中国人の永遠の敵』は,当然の感想だ…中国女性歌手
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1326083398/-100
↑↑※南京大虐殺を描いた映画「ザ フラワーズ オブ ウォー」の感想
■日本は戦時中,中国の満州(現在の遼寧,吉林,黒龍江省)に入植して,開発していた訳だが…,敗戦時に,家族を抱え性虐待を恐れ怯えていたのは,日本人側だった。↓↓
●終戦後の満州邦人犠牲者数9万人
http://www.sendai.catholic.jp/sengo50.htm
私達家族も,両親,兄弟姉妹,祖父母の十名が,東京から満州へ,軍属として渡満した。父は,関東軍153部隊の兵器廠に勤め,私以下弟たちは,満州日本人学校へ通った。
生活は良かった。昭和19年頃から関東軍の兵隊は,南方へ速やかに送られていった。戦況は良いかの様に報ぜられていたが,昭和20年の春になって悪化し,本土近くの沖縄までアメリカ軍が上陸侵攻してきていた。広島そして長崎に原爆が落とされ,東京も爆撃で焦土と化した。(中略)
満州に住んでいた私達日本人には,終戦が知らされていなかった。
8月20日,黒煙と共に北方からソ連軍戦車と大部隊が入ってきた。その時から暴動が起き,中国人が暴れだし,朝鮮人がそれに加わり,ソ連軍は自動小銃で撃ちまくり,戦場は地獄と化し,私ども日本人は皆裸にされ,手を頭の前に挙げて,ソ連兵に威嚇されながら連行され,旧軍兵舎に入れられた。死は免れたが監視は厳しく,敗戦をつくづく味わったのである。
神国日本も終戦となり,堂々と勝ち誇ったソ連軍は,性暴力,そして反抗すると銃殺。何人といえども狼にネズミとでもいおうか,哀れな私達には手の出し様のない虐殺である。やっと落ち着いたと思っていると,全員集まれダワイダワイの声が響く。
兵隊と15歳以上の青年組(私16歳)は,貨車に乗れというのである。貨車に70名積み込まれ,黒河,ソ連領の対岸の駅に向かうらしい。二日目にやっぱり黒河駅に着く。
付近にはシベリヤに送られる兵隊が,数百人も寒さに震えながら,対岸に渡る船待ちをしている。寒い10月の初旬,雪もちらつき,水も凍りはじめる寒気にせめられての野宿だ。
翌朝,ブラゴエスチエクスに船で渡る。背中から寒さがしみ込んできて,ガタガタ震える。始めてみるソ連の町。うす黒い空の下のみすぼらしい民家,寒地のせいか活気のないソ連人は,子供と老人達ばかりなのである。そういえば大部隊で乗り込んで来た兵隊は,女性兵が多く,15,16歳の私と同じ様な兵隊が沢山いた。やはり対ドイツ戦で,男女の若い青年が召集された様である。
その日から,満州から運んでくる食料品,その他すべてが陸揚げされ,物資の運搬に私達は労働の毎日であった。抑留当初は元気だったが,食料の支給が少なく,栄養失調と過労の寒さの為に,青年になりきれない友が死んでいった。
(中略)
汽車に乗る時は,中国人になり,正月頃であったか,新京の日本人小学校に辿り着いたのである。
ボロボロの麻袋に首だけ出し,婦人が子供を5,6人連れて同じ様に飛び込んで来た。各教室には奥地から逃げ込んで来た避難民で,しかもヨロヨロと疲れきった婦女子ばかり2千数百名はいたであろうか。
皆幼児を抱え,老人を連れ,女子は髪を切り,顔にはススを塗り,男装して身を守りながらようやくここに辿り着いたのであろう。
しかし,寒さと栄養不足で弱り切ったこの集団に風邪が大発生し,更に発疹チブス,ハシカなども流行して,バタバタと倒れていったのである。全く手の施しようもなく,一日に何人もが死んで行く。死体処理にも手が回らないまさに地獄絵である。
ただ唖然として涙に暮れる日々が続いた。私の目の前で幼児が売られていく。親子の別れである。母親としての辛い心情が涙となって床に落ちる。何と酷い事であろうか。ようやく命をつないだ敗者に,神も仏もない過酷な仕打ちではないか。
(中略)
体調が良くなって,更に南下して奉天に向かう汽車に隠れて乗っている間も,捕まればまたシベリヤ送りかとか,家族の消息も気がかりであった弟妹達が中国人に買われているのではないかと。生き地獄の極限状況においては母性愛も空しく,死ぬか,売られて生き残るか,遺棄されるかだからである。悲惨な状況の下だけに,食べる物もなく,我が子を絞め殺し,親も舌を噛み切り自殺した者も数知れない。
厚生省の戦後の調査によると,開拓難民27万人の内,戦死,自決1万1千人,病没6万7千人,消息不明1万1千人,残存者1千人等,その犠牲者総数は,9万数千人に及んだという。(「大東亜戦火」より)
※本文は続く…以下略
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1326083398/-100
↑↑※南京大虐殺を描いた映画「ザ フラワーズ オブ ウォー」の感想
■日本は戦時中,中国の満州(現在の遼寧,吉林,黒龍江省)に入植して,開発していた訳だが…,敗戦時に,家族を抱え性虐待を恐れ怯えていたのは,日本人側だった。↓↓
●終戦後の満州邦人犠牲者数9万人
http://www.sendai.catholic.jp/sengo50.htm
私達家族も,両親,兄弟姉妹,祖父母の十名が,東京から満州へ,軍属として渡満した。父は,関東軍153部隊の兵器廠に勤め,私以下弟たちは,満州日本人学校へ通った。
生活は良かった。昭和19年頃から関東軍の兵隊は,南方へ速やかに送られていった。戦況は良いかの様に報ぜられていたが,昭和20年の春になって悪化し,本土近くの沖縄までアメリカ軍が上陸侵攻してきていた。広島そして長崎に原爆が落とされ,東京も爆撃で焦土と化した。(中略)
満州に住んでいた私達日本人には,終戦が知らされていなかった。
8月20日,黒煙と共に北方からソ連軍戦車と大部隊が入ってきた。その時から暴動が起き,中国人が暴れだし,朝鮮人がそれに加わり,ソ連軍は自動小銃で撃ちまくり,戦場は地獄と化し,私ども日本人は皆裸にされ,手を頭の前に挙げて,ソ連兵に威嚇されながら連行され,旧軍兵舎に入れられた。死は免れたが監視は厳しく,敗戦をつくづく味わったのである。
神国日本も終戦となり,堂々と勝ち誇ったソ連軍は,性暴力,そして反抗すると銃殺。何人といえども狼にネズミとでもいおうか,哀れな私達には手の出し様のない虐殺である。やっと落ち着いたと思っていると,全員集まれダワイダワイの声が響く。
兵隊と15歳以上の青年組(私16歳)は,貨車に乗れというのである。貨車に70名積み込まれ,黒河,ソ連領の対岸の駅に向かうらしい。二日目にやっぱり黒河駅に着く。
付近にはシベリヤに送られる兵隊が,数百人も寒さに震えながら,対岸に渡る船待ちをしている。寒い10月の初旬,雪もちらつき,水も凍りはじめる寒気にせめられての野宿だ。
翌朝,ブラゴエスチエクスに船で渡る。背中から寒さがしみ込んできて,ガタガタ震える。始めてみるソ連の町。うす黒い空の下のみすぼらしい民家,寒地のせいか活気のないソ連人は,子供と老人達ばかりなのである。そういえば大部隊で乗り込んで来た兵隊は,女性兵が多く,15,16歳の私と同じ様な兵隊が沢山いた。やはり対ドイツ戦で,男女の若い青年が召集された様である。
その日から,満州から運んでくる食料品,その他すべてが陸揚げされ,物資の運搬に私達は労働の毎日であった。抑留当初は元気だったが,食料の支給が少なく,栄養失調と過労の寒さの為に,青年になりきれない友が死んでいった。
(中略)
汽車に乗る時は,中国人になり,正月頃であったか,新京の日本人小学校に辿り着いたのである。
ボロボロの麻袋に首だけ出し,婦人が子供を5,6人連れて同じ様に飛び込んで来た。各教室には奥地から逃げ込んで来た避難民で,しかもヨロヨロと疲れきった婦女子ばかり2千数百名はいたであろうか。
皆幼児を抱え,老人を連れ,女子は髪を切り,顔にはススを塗り,男装して身を守りながらようやくここに辿り着いたのであろう。
しかし,寒さと栄養不足で弱り切ったこの集団に風邪が大発生し,更に発疹チブス,ハシカなども流行して,バタバタと倒れていったのである。全く手の施しようもなく,一日に何人もが死んで行く。死体処理にも手が回らないまさに地獄絵である。
ただ唖然として涙に暮れる日々が続いた。私の目の前で幼児が売られていく。親子の別れである。母親としての辛い心情が涙となって床に落ちる。何と酷い事であろうか。ようやく命をつないだ敗者に,神も仏もない過酷な仕打ちではないか。
(中略)
体調が良くなって,更に南下して奉天に向かう汽車に隠れて乗っている間も,捕まればまたシベリヤ送りかとか,家族の消息も気がかりであった弟妹達が中国人に買われているのではないかと。生き地獄の極限状況においては母性愛も空しく,死ぬか,売られて生き残るか,遺棄されるかだからである。悲惨な状況の下だけに,食べる物もなく,我が子を絞め殺し,親も舌を噛み切り自殺した者も数知れない。
厚生省の戦後の調査によると,開拓難民27万人の内,戦死,自決1万1千人,病没6万7千人,消息不明1万1千人,残存者1千人等,その犠牲者総数は,9万数千人に及んだという。(「大東亜戦火」より)
※本文は続く…以下略
これは メッセージ 1 (y_news_topics さん)への返信です.
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