パチンコと北朝鮮(総連)
投稿者: tyon_korosu 投稿日時: 2012/01/04 11:29 投稿番号: [118 / 1002]
朝銀をめぐって最初のトラブルが起きたのは1967(昭和42)年のことだ。
東京在住の総聯商工人でのちに暴力団員に殺された具次龍氏の脱税容疑で、国税当局は氏の取引先である朝銀の前身、同和信用組合(台東区上野)に資料の提出をもとめた。同和信組はこれを拒否した。
国税局は強制捜査をおこなうことにした。
ところが同和信組はシャッターをおろし捜査を実力で阻止した。
国税局は機動隊をともなって、バーナーでシャッターを焼き切り、強制捜査を実施した。これを契機に総聯は、全国の総聯系在日朝鮮人多住地域の税務署に「抗議行動」をかけた。各地の税務署で業務妨害が発生した。
このとき日本政府は、国家公務員たる税務署員にたいする公務執行妨害でこれを取り締まろうとしなかった。
国税局と具次龍氏との脱税に関する和解は1976(昭和51)年に成立した。
その後、国税庁と朝鮮商工会との税金に関する「合意」なるものが交わされた。
社会党の故高沢寅男衆議院議員の部屋で、氏を仲介者として国税庁と朝鮮商工会幹部の話し合いがおこなわれた。
「税金問題解決に関する五項目の合意事項」(通称「五箇条の御誓文」)が交わされたとされる。
この具次龍氏の事件以来、総聯は気に入らないことが起きると行政官庁やマスメディアなどに「抗議」という名の「暴力」を公然とふるうようになった。
紹介したような事例は、いまにいたるまで、あちこちでみられる。1985(昭和60)年12月、関東国税局は東京都北区在住の総聯商工人を脱税容疑で強制捜査した。
すると、関東国税局にはもっとも多い日で1日600名の「抗議」が来た。
少ないときで100名である。国税局の業務は麻痺状態に陥った。
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