支那に仁義礼智信が根付かなかった
投稿者: jiyujinkenminsyu7 投稿日時: 2013/02/14 13:22 投稿番号: [1025 / 1170]
支那は「仁義礼智信」の心が根付かなかった国
孔子を始祖とする「儒教」の生まれた国が支那である。
だが、「支那」は権力者の治政手段としての学問として「儒教」を
利用した為に、「儒教」に説く「仁義礼智信」の
倫理徳目が一般庶民の心に根付かなかった。
日本は天下泰平の江戸時代になると各藩所属の武士が
藩の教育施設「藩校」で武術を鍛錬するとともに
素養として「儒教」を学んだ。
また、平和で豊かになるにつれて一般庶民は
私塾の「寺子屋」で「論語」を素養として学んだ。
それは1868年の明治維新まで260年以上も続いていた。
1870年代に来日した西欧人は日本人の識字率と教養の高さに驚いていた。
140年以上経過した今でも「儒教」に説く「仁義礼智信」の
倫理徳目が日本国民の心の奥深くに浸透している。
仁・・・愛、慈しみ、思いやりの心、慈悲の心。
義・・・人の生きる正しい行い(普遍的礼儀)。
礼・・・礼節を重んじる、辞譲の心、謙虚に、
社会秩序に従い、人を敬うこと。
智・・・考え学ぶ力、是非の心、知識や経験を通じた
正邪の区別ができる知恵。
信・・・信頼、信仰、自分を信じ、人を信じる心。
うそをつかない、約束を守ること。
国が先に立って嘘を言っている様では
世界から尊敬される盟主国に成れない。
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