■尖閣は日本領 国境の決定は19世紀以降
投稿者: okidokinoa 投稿日時: 2012/09/21 21:33 投稿番号: [295 / 1179]
国境の明確な概念は
19世紀以降近代国家が出現してからだ。
近代国家とは近代法と近代憲法によって
その国の主権が及ぶ範囲が明確に決められている国家だ。
15世紀の明の古文書に名前が載っていただけ(国境線なし)
では認証できないだろう。
①日本政府は尖閣諸島の領有状況を1885年から1895年まで調査し、
世界情勢を考慮しつつ、
いずれの国にも属していないことを慎重に確認したうえで
1895年1月14日の閣議で決定し沖縄県に編入した。
国際的にも日本の領土と認められ、日本人の入植も行われた。
大正時代には日本人が定住し鰹節を生産し生活していた。
②中華人民共和国発行の社会科地図で、
地下資源が確認される以前の1970年の南西諸島の部には、
はっきりと"尖閣諸島"と記載され、
国境線も尖閣諸島と中国との間に引いてある。
しかし、地下資源が確認された以後の1971年の南西諸島の部では、
尖閣諸島は"釣魚台"と記載され、国境線も日本側に曲げられている。
>中国政府が自身の間違いを訂正してる以上・何の問題もない
↑
国境を間違う国は世界中どこにも存在しない。
中国政府が国連の尖閣海域の天然資源埋蔵の発表後に
突然でっち上げ工作をしているのだ。
③明朝永樂元年(一四○三年)の《順風相送》という書には、
釣魚島の航海針路と島々の名称については既に記述があった。
↑
国境は引かれていない。
明と清そして現代の中華人民共和国のつながりもないだろう。
王朝が変わっているから。
琉球と明などで平和裏に交易が行われていたこの海域に
国境という概念は当時
存在しなかった。
>既知の航海針路を校正に
↑
琉球の明や南方へ向かった貿易の船の航路だ。
琉球の船の航路上に存在する島が尖閣諸島だ。明ではない。
④その琉球は1609年に薩摩藩の侵入をうけ
江戸時代は日本国薩摩藩(尖閣諸島含む)の支配下に入り
⑤明治5年に日本国鹿児島県に編入後沖縄県(尖閣諸島含む)となる。
⑤WWⅡ後
一時沖縄県(尖閣諸島含む)はアメリカにひきわたされ
1972年に日本国に返還される。
一度たりとも中国領になったことはない。
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