中国皇帝から満州を奪ったのは中国人自身!
投稿者: ftg_algernon 投稿日時: 2011/09/25 19:03 投稿番号: [79 / 142]
日帝はかつて、中国皇帝でありながら国を追われた愛新覚羅 溥儀(あいしんかくら ふぎ)の擁護者であった。愛新覚羅 溥儀から中国皇帝や満州国皇帝の座を奪ったのは、他ならぬ現代中国共産党であり、むしろ中国人の方が逆賊だったのである。
●愛新覚羅 溥儀(あいしんかくら ふぎ)
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%84%9B%E6%96%B0%E8%A6%9A%E7%BE%85%E6%BA%A5%E5%84%80&oldid=39181445中華世界の最終皇帝(ラストエンペラー)として知られる。清朝皇帝時代には、治世の元号から宣統帝と称された。清朝滅亡後に大日本帝国政府の支持のもと満洲国の執政に就任、満洲国の帝政移行後は皇帝に即位し、康徳帝(1934年 - 1945年)と称した。満洲国の崩壊とともに退位し、ソ連軍の捕虜となった。撫順戦犯管理所からの釈放後は北京植物園に勤務、晩年には中国人民政治協商会議全国委員に選出された。
字(あざな)を「浩然」あるいは「耀之」という。廟号は恭宗(2004年に与えられたが、公式ではない)。また、辛亥革命後の呼称としては、廃帝と国民党政府から呼ばれる一方、旧清朝の立場からは遜帝(「遜」は「ゆずる」の意)とも呼ばれた。末皇帝(末帝)と呼ばれる場合もある。
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