尖閣諸島問題は棚上げされている。
投稿者: kabuyasontoku 投稿日時: 2010/09/26 21:42 投稿番号: [11844 / 16505]
日中平和友好条約の締結
1978年春の事件の荒波も、表面は落ち着きをとりもどし、平和条約交渉が進んだ。その過程で、尖閣諸島について、どのように話し合ったのかは、1978年9月18日の園田外相の講演について
の朝日新聞の記事によれば、つぎの通りである(その部分の要約)。
日中条約交渉のとき、尖閣列島を日本領と主張すれば、中国面目の国だから、ここで口をだせばこじれる。ところが、日本では、この点をはっきりさせなければ条約締結はするな、といっている。本国からの訓令にはしたがわなけ ればならぬ。そこで話すきっかけをうかがった。くだけた話をして1時間、神に祈る気持ちで、訒小平副主席に、尖閣 列島でまえのような事件が起こらないよう約束してくれるよう頼んだ。幸い副主席は、それは偶発事件であったとこたえ、「いまのままで20年も30年もほおっておいたらいい。オレのほうは絶対に手をださない」と2、3回くりかえした。もし中国が「オレのものだ」といったら、私はもう日本には帰れない。そこで私は「この問題は、それ以上いったら、閣下 もオレも困る」といったわけだ。
結局、日中平和条約は、1978年8月12日に調印され、同年秋に発効したが、武力不行使や反覇権などについての規定が数条あるだけで、尖閣諸島に着いては、その帰属問題が残っているにもかかわらず、ひとこともふれていない。棚上げされたのである。日中関係は、1996年、歴史認識や尖閣諸島問題などから悪化し、翌1997年春やっと修復された折り、またしても問題が再燃した。5月5日夜、沖縄県から船で出航した石原慎太郎元運輸相(現東京都知事)らは、非常時の応援にあったが、中国外務省は6日、かれらが中国領土に違法上陸し、主権を侵犯したもので、強い怒りをおぼえると避難した。1997年11月11日、日中新漁業協定が署名された。協定は、排他的経済水域の境界画定交渉は継続することにした。境界画定までのあいだ、暫定的借置を導入し、尖閣諸島の周辺海域は、既存の漁業秩序が維持されることとなり、尖閣諸島の問題は、同協定によっても棚上げされた。
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