外務省の怠慢による先送りのツケ
投稿者: biratori48 投稿日時: 2010/09/22 19:54 投稿番号: [1046 / 16505]
http://blog.goo.ne.jp/truenet/e/db167a57d1c36fbe3eb9422173f497a4
1972年9月田中首相が中国を訪問して中国との間に国家関係を樹立した際、「尖閣諸島の領有権問題をはっきりさせたい」とする日本側の要望に対して、「ここで議論するのはやめよう」との周恩来首相の要請により、尖閣諸島を巡る摩擦はいつか立ち消えとなった。
1978年4月尖閣諸島が次に問題となったのは1978年4月で、「領土問題には触れない」という周恩来首相の約束を無視して、突然100隻以上の中国籍武装漁船が尖閣諸島の領海を侵犯し、「尖閣諸島は中国の領土である」との意思表示を行い、日本政府の抗議を無視して領海内に停泊する事件が起きた。折から進展していた日中平和友好条約の締結交渉と何らかの関係があった。当時副首相であった耿が「偶発的な出来事である」と説明したことにより、領海を侵犯した漁船は引き揚げた。
ついで日中平和友好条約締結(8月12日)のために中国を訪問した園田外相に、訒小平は「このような事件(尖閣諸島侵犯)を「今後は起こさない」と約束し、「領有権の棚上げ」を提案した。
「棚上げ」は、中ソ対立の中、経済的に苦しかったの中国にとって不利な立場でこの問題を解決するのが適切でないとの判断から下されたのである。日本政府は訒小平の「領有権問題の棚上げ」に同意していないとしているが、そうであるならばその立場を明確に公表すべきであったし、その後も機会ある度に、強く主張すべきであった。
外務省の態度は曖昧で主張すべきことを主張しなかったので日本は訒小平の「棚上げ」提案を受け入れたとの見方が、以後、中国の内外で常識化した。今回の尖閣諸島領海侵犯を契機に、中国は、「棚上げした領有権」を「棚から下ろした」ものと判断される。
http://akebonokikaku.hp.infoseek.co.jp/page005.html#存在しなかった尖閣諸島の領土問題
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