完全に感謝できない環境こそ問題
投稿者: richi3332001 投稿日時: 2011/03/13 08:27 投稿番号: [38 / 1091]
大変遺憾ながら私は賛成できません
もちろん、善意が全くない、などとはいいません
しかし、逆にこういったときに私達が彼らのような人に「全面的に感謝」できない環境でお迎えすることこそ、彼らに対して非常に失礼ではないでしょうか?
そういう環境ではない責任が、反対を唱える人にある・・のでしょうか?
私は反対、異議、疑問を唱える人がすべて悪い、というような考えには賛成いたしかねます
拝見する限り、反対を唱える人も、被害者を、日本を憂いていることに変わりはないと思います
方々は、表現方法はさておけば、彼の国をもろ手を挙げて信用することへの不安を唱えられているのではありませんか?
それは彼の国がここまでやってきたことを考えれば、無理からぬことではありませんか?
たとえば食料を援助してもらったら、その食料に、故意ではなくても問題があったとして、もって来てくれた人に責任を取らせますか
それとも善意でしたことだから、とあきらめますか?
いずれでもないですよね
こういった場合、「その支援は受けても大丈夫、責任は私達がもちます」という立場の人がいますよね
国際支援を受けるとき時の責任者が誰であるかはいうまでもありません
私は彼らこそ、信用、信頼できません
ですから善意の隣人、と信じ、感謝すべき人たちに全面的にそういう姿勢を取れません
これは大変遺憾で不本意であり、彼らに対して非常に失礼なことです
衷心より感謝する環境にない以上、今回、私は賛成いたしかねます
これは メッセージ 24 (jinchisono さん)への返信です.
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