中国各地で大規模反日デモ

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②温家宝先生   エピソード数例

投稿者: minahidetyan 投稿日時: 2010/10/21 16:51 投稿番号: [7764 / 10967]
○四川大地震が発生した際、地震発生からわずか数時間で地震の被災地に向かった

その姿は全国のマスコミに映され、「人民の総理」と呼ばれた周恩来と温家宝とを比較され、、温の現場での姿と率直な性格は、中国国民から大きな支持を得た

即効で解放軍の出動を要請するも、共産党中央軍事委員会の決定が長引いた影響により、拒否された。

これにより、多数の被災者が息絶えた。

ようやく被災地に到着した軍に対して、温家宝は「おまえらは人民から養育されている身だろう!少しは自分の頭で考えろ」と捨て台詞を吐いた←(怒涛の拍手喝さいだった)

○温家宝は、六四天安門事件のきっかけにもなった胡耀邦を「師」と仰いでいる。

回想記では

「胡氏が現場の状況を理解しようとしていたことは明白であり、『(指導者は)民衆の苦しみを子細に観察し、直接の資料を把握しなければならない』という胡氏の言葉が耳に残る」

「清廉潔白で親しみやすかった姿が今でも懐かしさとともに思い浮かぶ」とした。

温家宝は胡耀邦の死去の際に、入院先に真っ先に駆けつけたという。

また、温家宝は毎年旧正月の時期になると胡耀邦の居宅を訪問し、胡耀邦の肖像画を見ることで仕事の原動力になる、と語った。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/0/04/Zhao.jpg
(趙紫陽に同伴する温家宝(1989年5月19日・写真中央右))


1989年5月19日、民主化を要求して天安門広場を占拠した学生たちと対話を試みるため、趙紫陽は彼らの下へ向かった。

温家宝は趙に同行した。

この趙の行動は「重大な反抗」とされ、趙は総書記を解任されて失脚、2005年1月の死まで自宅軟禁に置かれた。

しかし温は、当時の立場や自己批判が考慮されたことで、天安門事件の余波を受けて失脚することもなく政治的に生き残った。(中国の自己批判制度って怖いよね)




○ケンブリッジ大学で講演中に、会場にいた男から靴を投げつけられる騒ぎがあった。男は「ここに独裁者がいるぞ」と叫んだ

温は「我々は平和にやっている。男の行為が中英の友好を妨げることはない。調和は武力によって妨害されないと歴史が証明している」と述べた

中国内外のメディアは、温を普通の人々の要求に触れる「人民主義者」と信じている。

○温は山西省の炭鉱で炭鉱作業員の一団と過ごした。多くの人にとっての温の印象は、「国民の総理」であり、「人民主義者」であり、そして「一般人の需要を知り、理解している普通の中国国民」と見られている。


○2008年1月の旧正月直前、大雪による雪害が中国を襲った。温は長沙と広州の鉄道駅を訪れると、帰省のために列車を長時間待っていた市民たちの怒りを鎮めるために演説した。




○温は独立した司法制度の構築を通して、人々からの批判を受け入れる政府のために、「本当に人々に属した」権限のために、中国の民主主義制度は改善する必要があることを認めた。




※台湾・チベットに関しては共産党と同じ意見


  しかし強大な権限を持つ共産党常務委員会のほかの委員が存在する

第17期中央政治局常務委員(2007年10月)

胡錦濤 - 序列第1位   中国共産党中央委員会総書記、中華人民共和国主席、中央軍事委員会主席
呉邦国 - 序列第2位   全国人民代表大会常務委員長
温家宝 - 序列第3位   国務院総理
賈慶林 - 序列第4位   中国人民政治協商会議全国委員会主席
李長春 - 序列第5位   中国共産党中央精神文明建設指導委員会主任
習近平 - 序列第6位   中国共産党中央書記処第一書記、中華人民共和国副主席
李克強 - 序列第7位   国務院常務副総理
賀国強 - 序列第8位   中国共産党中央規律検査委員会書記
周永康 - 序列第9位   中国共産党中央政法委員会書記
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