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投稿者: kakunin1010 投稿日時: 2010/10/19 23:06 投稿番号: [5209 / 10967]
(コピペ)
中国人は教育によって中国の精神文明が西欧文明より絶対に優越していると
いったような虚言,妄言を教えられてきました。
しかし実際日本や欧米の社会に触れたとき,物質文明が他国に及ばないだけ
でなく,精神文明はさらに及ばないことを知り中国人は衝撃を受けました。
中国は自国民を伝統文化、悠久の歴史、仁義道徳をはじめ、知恵才能に
いたるまで何でもかんでも、世界で最も偉大な国であると民衆を教育して
きました。
ところが世界に出た一部の知識中国人たちは自分たちが物質的にも精神的にも
いかに遅れた民族であるかということを思い知らされ、強烈な中華思想の優越
意識が木っ端微塵になってしまいました。
その端的な例は訒小平です.裕福な客家地主の家庭に生まれた彼は16歳の時
にフランスに留学します.訒小平は西欧の文化に接しても中国の精神的優位性
は崩れることはありませんでした。
しかし1978年日中平和友好条約の批准のために訪れた日本を見て仰天、彼の
頭の中の日本は小さな島国、第二次世界大戦で荒廃した国として日本を
イメージしていました。
ところが訪日した日本は近代的なビルが立ち並び、国民も綺麗な服を着て、
信号も守り、車が行き来する町を眺めたとき、アメリカ軍の原子爆弾や
東京の絨毯爆撃で何もなくなったはずの荒廃した日本はどこにもありません
でした。
そして新日鉄や新幹線、トヨタ自動車などの先進技術を視察したとき、日本の
経済と技術力に圧倒され、それに引き換え自国の遅れと貧しさに愕然とします。
帰国した訒小平は、それまでの意味のない階級闘争を放棄して、経済中心の
政策に切り替え、早速遅れを取り戻すために新日鉄の協力を仰いで、上海に
宝山製鉄所を建設します。
その後も日本の巨額の資金援助と技術協力によって今日の経済大国中国が
出来たのです。
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